■ 狐火

「おや、こっちじゃったかのう」
と呟いたのは昨日マニー親分と契約した、ゴサクという年老いた羊のえんぶりお。
この辺りの道は全部知っていると言うからお城への案内を頼んだんだが。

「またかい爺さん、もうシが暮れッちまったぜ」とマニー親分は呆れ顔。
それもそのはず、近道だからと地下道から暑い砂地に出て歩くこともう半日、
ゴサク爺さんの記憶は大昔のものらしくお城は影も形も見えてこない。
こりゃあいったん地下道に戻った方がよかろうと一行が思い始めていたんだが。

「おお、皆の衆、お城の灯が見えてきたぞい」
砂丘を越えると、親分たちの前方遠くに浮かぶ光が現れたのだ。
「ほれ、儂の言った通りじゃろ」と得意げになるゴサク爺さんだった。


と、それを見ていた乾分のハチベの様子が変わった。
「親分、チィッと水を差すようで悪ィんですが…」と話し出した。
ハチベによるとこの辺りには人を化かす狐が出て、狐火で迷わせるらしい。
砂漠で灯りを見つけて駆け寄っても一向に近づけなかったり、行ったきり戻ってこなかったり、
相変わらず何処で仕入れてくるのかハチベは噂話集めに余念がない。

「なんじゃい若いの、臆病じゃのう。ありゃお城の灯じゃて」と爺さんは冷やかすが、
マニー親分はふと立ち止まって顎に手を当てた、何かを考えている様子だ。
そして辺りを見回したり足元の砂を調べてみたりした後に言った。
「なるほど、ハチの無駄話しもたまにゃァ役に立つみてえだな」


早くも狐火の正体に気付いた親分は絵解きを始める。
「まずはこの砂を見てみな、チョット湿ってるだろう。
　それにこの匂いだ…感じねえか、こりゃあ潮の匂いだ。
　ということは、だ。この先は海だってェことだ」

もちろんお城ン中に海なんかあるわけがねえ。
だが城下の外れには川に挟まれた町もあり、その端は海に繋がっている。
ということは今まで一行はお城とは逆の城下町へと進んでいたということだ。

「なるほど、じゃあこの反対に進めばお城ってェわけですね。
　あれッ、でもあの狐火はなんなんですかい？」
「おうそれよ、おめえ蜃気楼って知ってるか？」
「何処の役者ですかい、そのシンクロだかカンクロだかってえのは」
「莫迦、蜃気楼ってえのは海の上に出るまぼろしのことでえ。
　ここみてえに暑いところの空気が海に行くと冷やされて歪むんだよ。
　それで実際にはない遠くのものが見えたりあるものがなくなったりするんだ」
「へえ、てえことはあすこに見えてるのは…」
「ああ、ずっと先にある川向こうの城下町の灯でえ」


と、これを聞いてゴサク爺さんもふがふが言い出した。
「さすがは親分さんじゃのう、御城下に向かってるとはさっぱり気付かなんだわい」
と今までの自信は何処へやら、すっかり親分に感服したようだ。

「ま、そうとわかったら長居は無用でえ。お城の方へ戻るぜ」
と、こうして一行が踵を返そうとしたとき、ぼそりと爺さんが呟いた。
「そう言えばむかしはこの辺りまで海じゃったのう。
　よくでかい蟹やら貝やらを採りにきたもんじゃったが、逆に水に引き込まれたりしたのう」

だがこの呟きはもごもごとしていて周りには聴こえなかった。
後でマニー親分が「そういうことはもっと早く言ってくれよ」と言ったのは当然ってもんだ。

クィンの傍で静かに佇んでいる。