私たちは、平原を越えた先——護りの森へと足を向けていた。
鬱蒼と茂る森は、降り注ぐ日差しから私たちを守ってくれる。その一方、これまでと違って見晴らしは良いとは言えないだろう。
平原や水辺と比べると、気をつけるべきポイントも大きく違う。そういった注意点を全部仲間に丸投げし、移動をアンジェとナビに丸投げしながら、今日も私はダラダラとしていた。
移動中は、特に喋ることはない。だからといって、作業に注力することは難しい。必然的に、思考の海に没入して行く事になる。……何とでも言うがいい、私は働かないぞ。『絶対に』から『なるべく』に格上げされているだけマシだと思え。ごめん調子乗った。


……さて、前方に見える緑も大きくなってきた。そろそろ平原も終わりを迎え、もう暫くすれば、いよいよ私にとっての『異世界』の象徴へと足を踏み入れることになる。
私のいた世界にも、大きな川はあったし、広くて見渡しやすい場所もあった。しかし、森の中を歩く、ということは経験がない。元々日差しを遮るような物は、精々街路樹やアーチ状の建物くらいだった。だから、木漏れ日が差し込むような整備されていない道なんて、見かけたことがなかった。
人の手の届かぬ樹海になんて踏み込むつもりはなかったし、そういえば山登りもしたことがない。整備されつくした場所で育った私にとっては、毎日が冒険で、毎日が非日常。それを最も分かりやすく表しているのが、この緑の海なのだ。
私がこの世界で最初に現れた場所も、森だった。あの時は動揺の中ただ彷徨い、指示に従って歩いた。その光景が、あまりにも現実離れしていたから。コンクリートジャングルから一転し、聳え立つ木々が視界を生める。天井は灰色ではなく、緑色。今となっては、その衝撃も薄れつつある。……落ち着いて思い返せる今は、ある程度慣れたということか。

「……本当、なんでこんなことになったんだろう」

自業自得と分かっていながらも、ぼやかずにはいられない。……とはいえ、実のところ森はそこまで嫌いではない。木漏れ日の中を散策することは、ある種の憧れを伴って想像される。心地好い風の通る場所をのんびり歩く、ピクニック。それだけなら嫌いにはなれないだろう。
実態と向き合った時、感想が180度変わる可能性もあるのだが……ともかく、今のところはそれなりに楽しみにはしていた。

それは、現実からの逃避だと——そういう声に、蓋をしながら。

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「とか言ってたらこのザマだよ」

私が目を覚ました時、ミモザとヘイアン（パーティ内Aグループ）は姿を消しており、顔にメモだけが貼り付けられていた。起き上がり、ぺりっと剥がして目を通す。
内容は二人の行き先と、集合日時と、集合場所——まあつまり、『お祭りに行ってくるよ！また後でネ☆（意訳）』っていうことだろう。自分で言ってて何かムカついたので破り捨てようとして、思いとどまる。
まあ確かに私としても、祭りに行くよりは動力系を日がな一日中弄繰り回しているほうが楽しいのでいいのだが、別に腹を立てるくらいは構わないだろう。ゆっくり楽しんで来い、そして滅べ。
……見回せば、野営道具は残されたまま。なるほど、ちょっとは苦労をしろということか。お断りだふぁっきゅーと言いたいが、この状況から何か役に立つ道具を作れるとも思えない。ちくしょうめ。

「……どうしようかな」

現状はつまり、突然がらんと暇が出来たわけだ。相手方のキャンセルで仕事がなくなったかのような手持ち無沙汰感。仕事なんかしてないけど。四の五の言っていられないので、最後の後始末だけ渋々しつつ、この後どうするかを考える。
アンジェの整備は当然するとして、頂き物の鉱石を使ってAグループに装飾品を作っておかなきゃいけない。デザインは……まあ、安直に十字架のブレスレットでいいだろう。どっちもそれっぽいコート着てるし、楽だし。
……それを差し引いて尚、暇が残る。今まで移動に費やしていた時間を、何に使おう。下手に歩き回ることはやめておきたいし、ぶっちゃけ体力も使いたくない。野営に使ったこの場所は休むにもいい場所だし、時間を潰してゆっくりするのが最適か。
周囲にはナビしかいないし、心から気を抜いてダラダラと出来る気がする。もしかするとこの辺りまで見透かした心遣いもあったのかもしれない……そう頭を掠めたが、怒りと相殺しておいた。

「……まあ、うん」

あの二人は、私なんかより余程経験を積んでいる筈だ。だから安心して丸投げ出来る筈なのだが……何故だろう、言いようのない不安が残る。堤防が頑強な分、内部の侵食には気付きにくい。鉄砲水がこちらに飛んで来ないことを祈りつつ————それで、いいのか？

「……いやいや」

何を考えているんだ。この不安は気のせいだし、私はベテランに丸投げをするだけ。それでいいんだ。何かあったら、その時に考えればいい。……そもそも、その時まで私に何か見えるとは思えない。
……また思考が横に逸れた。この際、今日は実のない雑談に終始してもいいかもしれない。
リヴィは喋らないし、シィルがいつまでも付き合ってくれるとは思えないので、ナビを巻き込んでのんびりしようと思う。アレはアレで、話すのが嫌いなタチではない……筈だ。
そうだ、たまにはナビの方に水を向けてみよう。無駄かもしれないけれど、少しは色々と身に付けてみる努力でも————。

そう言うと彼女は冷蔵庫の中から無色透明な液体の詰まったボトルを取り出し、グラスに注ぎ始めた。

とん と、グラスをフィアの傍らに置いた。

　口調には淀みこそないものの、最後に付け加えた呟きはその世界に住む彼自身おそが納得していないことを端的に示していた。
　普段からの実利主義な姿勢によるものか、それとも諦観から来ているのか。あるいは。

続いた彼女の疑問に、微かに双眸を細めた。

　常ならぬ、問いに対する問い。
　吊り上がった口元は、皮肉に歪み。

後方から聞こえた声に反応して振り返る。
一体のシルフとその契約者であろう女性にユリアが返事をするよりも早く
後方で特訓を眺めていたメゾがふわりと飛びあがって緑髪のシルフの方に近づいた。

小馬鹿にするように、シルフの風貌を舐めるように観察しながらニヤニヤと笑う。