マリアに向けられる妖魔の国からの刺客を止めるには、アステマ・ファムを壊すしかない。
ボクはこれに関してはアステマの所在も破壊方法もわからず、ずっと手をこまねいていたが思わぬところで機が巡って来た。

マリアの元部下である上級妖魔、レイチェルに託していたアステマ・ファムが再びマリアの手に戻った。
マリアが持っているわけではなかったんだ。そりゃいくらイブリスホームや周辺を捜索しても見つからないはずだ。


以前記述したように、ボクはアステマの所在をマリアに尋ねるタイミングやきっかけを完全に逸していた。
ボクのそれまでの経緯を考えると、下手にアステマに関して言及すると疑われる可能性があると思ったからだ。
まだ本当は故郷との縁は切れてないんじゃないか、アステマを奪うことが目的なんじゃないかと。

だけど、幸いなことにマリアの方から話してくれたんだ。
マリアはボクを信じてくれた。信じてくれたんだ。


ボクはこの時初めてアステマ・ファムの実物を見た。
魔銃のイメージとは対照的に、白く、細身の長銃だった。



さて、とうとうアステマ・ファム破壊に向けて動き出す時が来た。
問題はこれをどうやって破壊するかって話なんだけど、やはり八公爵の魔剣はそうそうのことで破壊できるものではないらしい。

ここで出番なのが、カラバがユベール領主メリュジーヌ様から持ち出しを許された魔剣バアル・ベオルなわけだ。

何度か軽く触れたが、アステマ・ファムと同格の八公爵の魔剣であり、我が故郷、ユベールの至宝だ。
こいつが家臣に貸し出されるなんて相当のことらしい。カラバはメリュジーヌ様の懐深さあってのことだと言ってた。
２００ｋｇを超す超重量のこの剣を振り回せるのはカラバだけだ。そういうわけで初めてカラバはここ、イブリスホームに訪れた。

カラバはイブリスホームの庭先で思いっきり上段からアステマ・ファムに魔剣の一撃を叩きつける。
物凄い金属音が周辺に鳴り響く。驚いたたくさんの鳥たちがバサバサと木々から飛び立っていく。
だが、アステマはまるでビクともしていなかった。

リヴァランが不思議な顔をしてアステマ・ファムを近くから繁々と眺める。

再び上段からまき割りのごとく魔剣を振り下ろすカラバ。轟音がシヤンハイルの森に響く。

ボクは言われるままにアステマの斬りつけられたところを目を凝らして見てみる。

斬りつけられた直後、わずかな傷が確かにあった。
だが、数秒もしないうちにスッと消えてしまったのだ。

リヴァランは難しい顔をしてアステマ・ファムを見つめる。

なるほど。しかし水神秘術をキャンセルさせる方法なんてあるのだろうか。あんなリスクまでついてるってのに。
だが、もしあるとしたら、メリフリアス大祭壇が必要なのは間違いないだろう。

かくしてボク達は手分けをしてアステマ・ファムの二つの破壊方法を探ることになった。

マリアとリヴァランはガルディオがやり残した最後の『決め手』の捜索。
ボクとカラバはメリフリアス大祭壇と、秘術キャンセルの方法の捜索。

そういってリヴァランは乱雑に折りたたまれた古ぼけた紙片を渡してきた。破いた本のページに見える。

ボクとミストが閲覧を許可してもらえなかったあそこだ。
彼はあそこの出身だったと聴いている。資料室に出入りも出来たのだろう。
とりあえずボクはそれをポケットにしまっておいた。

ボク達は明日、異常潮位の日に合わせてメリフリアス祭壇を捜索しにいくことに決めた。

















『メリフリアス大祭壇は六つの支流全ての水神の力が集うところにある。』


これは最初に聴かされた、水神祭壇に関する最もメジャーな伝承だ。逆に祭壇の位置に関する手がかりというのはこれしかない。

この手のスポットがまったく謂れのない場所に建設されるはずはない。恐らく地形的に必ず由来のある場所にあるはずなんだ。

『支流全ての水神の力の集うところ』

とりあえずこの伝承から思いつく場所と言えば、メリフリアス六支流最後の一本、ムァルコ川がメリフリアス本流に注ぐ地点。
つまり以前フリードリヒに教えてもらった水道橋のある付近だった。ボクらはまずここに向かった。

カラバはガラ空きになるイブリスホームを守るためお留守番。まぁ彼が来ても目立つからだ。
同時に別行動しているマリア、リヴァランチームとの連絡場所としてもイブリスホームには誰かいなければいけなかった。

ここにはボクと、そしてお手伝いでルイーザが来た。孤児で唯一事情を知っているからだ。



だがやはり、専門家でも何でもないボクらがそんなものを簡単に足で見つけられるはずがなかった。

でも、それはそれとしてもこの周辺に祭壇があるような気配は微塵もない。
考えてもみれば、水神教時代の遺物といっても同時代の遺構はシヤンハイル各地にそれなりに残ってはいるのだ。

ここの水道橋だってそうだし、シヤンハイルの森内部の朽ちた古道や古代インフラの面影は各地にそれなりに目のつくところに残ってる。

同時代の遺物で、最も大がかりだったであろうメリフリアス大祭壇だけがここまで何の痕跡も残さず風化出来るものなのか。
本当にここにあったと考えるべきか・・・？


そういえばロルフが残したという紙片のことをすっかり忘れていた。ボクはポケットからそれを取り出し広げてみる。

古代クリステル文字で書かれていた。そりゃそうだった、古文書だもの。

ルイーザがそれを取り上げて読み上げる。

しかし、これは興味深い話だがどうしてこのメッセージをわざわざロルフは残していったのか。

あの後リヴァランから聴いた話によると、ロルフとリーズルは西の窪地帯で『何か』を見てしまったことで

アウレリオ派八葉の一人のフリエだとかいう人物に消されそうになったということだった。

つまり西の窪地帯で、この一文に関する遺物を見つけたということなのか。

もしそうだとしたら、ここは西の窪地帯からはかなりの距離がある。
そこに祭壇の痕跡があるとしたらここはかなり当て外れな場所のように思える。


・・・本当にここが全ての支流の合流地点だったのか？


ボクはふと顔をあげると、中からドドドと轟音を響かせる例の水道橋が目に入ってきた。

ここでようやくボクは一つのことに気付いた。

ボクは急いで斜面を駆けあがる。水道橋からその取水元の貯水湖・・・ハームラ湖へ。


以前触れたとおりハームラ湖は警備されてるのでボクはその付近の高台に駆け上がる。

ある程度見通しのよい場所まで駆け上がったボクは、高台から平野、海へと続く方を見渡す。
メリフリアス中流、下流域の平野部が一望出来た。

ハームラ湖から、海へ向かう北側の一直線。シヤンハイルの森西部に南北へ延びる葦の生い茂る例の窪地帯、
窪地帯の北端に築かれたアレキサンダー堤防、そして、堤防から船溜まりを挟み・・・メリフリアス本流。

『ハームラ湖』、『西の窪地帯』、『アレキサンダー堤防』。



なんたる迂闊。

最近まったく地図を見ようとしてなかった。何故このキーを今の今まで繋ごうとしなかったんだ。


そして、ここで一つ思い出すものがある。そう、メリフリアス七支刀だ。

つまり、メリフリアス六支流ってのは後世になって歪められた言い伝えで、本来はハームラを含めた七支流だったんだ。
古い時代にハームラは堰き止められて、シヤンハイル上水道へとルートを変えた。忘れられた川だったんだ。

こいつがメリフリアス川本流に流れ注いでいた点・・・七つ全ての支流が集う場所・・・。



そう、だからつまり・・・メリフリアス大祭壇とは。

ボクは出来るだけ大きな声でアルタクスの名を呼ぶ。

するとどこからともなく妖馬はその姿を現す。良かった、解約されてなかった。
ミスト、これは君の残した最後の恩情か？それともこれも罠の一環なのか？

ボクは彼に飛び乗り急斜面を先ほどの地点まで一気に駆け降りる。

あっけに取られるルイーザをそこに残しボクは全力でアルタクスをイブリスホームの方向へ駆けさせていく。




ここからもまだシヤンハイル周辺及び海の様子が一望できる。異常潮位はもう始まっていた。
ああ、海の水が逆流して無事解体されたアレキサンダー堤防から西の窪地帯に流入していく。フリードリヒ、君はやり遂げたんだな。

だがこれは同時にボク達の最後の戦いの狼煙でもあったんだ。
自分の運命がいよいよ後戻りできないところまで来たのを感じる。もうあの日常に戻ることは出来ないのが直感的にわかる。


だが今はひたすらにアルタクスの手綱を握る。感慨にふけってはいられない・・・友の戦う場所へ。

異が異であるなら己も出自は異質。妖魔は好意的に笑って返す。

身長もぐーっとすごい伸びそうだねー、と背伸びして笑う。