スチュアートおにいさんとあそんだことで、ようやくえがおをとりもどした猫。
これでひとまずはあんしんです。

いまはちょうちょをおいかけてみたり、くさむらをころげまわってあそんだりとげんきいっぱいです。

そんなようすをすこしはなれたばしょからみまもりながら、ししょーはセバスチャンにたずねました。


「なァ・・・・・この間のアレは本当なのかよ？」


「えぇ、私の推測が正しければ、ですが。」


「そうか。正直突拍子もなさ過ぎていまだに信じらんねェんだけどよォ。」




「アイツが、人間とエンブリオの・・・・・キメラだなんて———」









なぞの『猫』のことをはなしたとき。セバスチャンはついにおもいくちをひらきました。


「恐らく坊ちゃんは——キメラで間違いないと思います。」


「はァ？キメラっつーと、おめぇといっしょにいた奴か？」


セバスチャンとであったとき、そこにはいろいろなどうぶつをかけあわせたようなふしぎないきものがいました。


「はい、アレもその一種でしょう。私はああいったものを調査するためにあの場所にいたのです。
ただ、坊ちゃんの場合は・・・・・失敗作——いえ、意図せずにできあがってしまったものと思われます。」


「ちょっと待て、話が見えてこねェんだが・・・・・」


「そうですね、こうなった以上最早貴方も無関係ではいられないでしょう。
一からお話し致します。」


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私は、とある人族の貴族に仕える執事でした。
その貴族——旦那様は早くに奥様を亡くし、家族と呼べる者は一人息子の『リク』坊ちゃんだけでした。
ですが、リク坊ちゃんは生まれつき体が弱く、不治の病に侵されておりました。

そんな坊ちゃんを不憫に思ったのでしょう、旦那様は坊ちゃんの御病気を何とか治そうと片っ端から医者を呼びました。
しかし、返ってくるのは「治療法がない」という言葉のみ。
あの頃の旦那様は酷く絶望しておられました。


そんな時、旦那様の館の庭に一匹のエンブリオが迷い込んできました。
黒猫の姿をしたそのエンブリオは、どこかで怪我をしたのか酷く傷ついておりました。
それを見つけた坊ちゃんは、自らも御病気にも関わらず、率先して甲斐甲斐しく手当てをなさいました。

初めは警戒し、頑なだったそのエンブリオも徐々に坊ちゃんに心を開くようになりました。
体が弱いせいで友達と呼べる者もつくれなかった坊ちゃんにとって、そのエンブリオは初めての友達と呼べる存在であり、やがて坊ちゃん達は無二の親友と言えるくらいにお互いを信頼するようになりました。
名前のなかったそのエンブリオに『ロク』という名を与え、いつも一緒にいる様はとても幸せそうであったと思います。


ですが、その頃からでしょうか。
坊ちゃんの御病気が次第に悪化してきたのです。
旦那様は荒れに荒れ——遂にネクロマンシーやキメラ実験といった外法と呼ばれるような手段にまで手を出してしまわれたようです。
そして——そこで「エンブリオの生命力を全て抽出し、他の者に受け渡す」といったような邪法を生み出したのです。
当然、使われたエンブリオは全ての生命力をエネルギーとして変換され、死ぬことになります。
坊ちゃんが拒否反応を起こすことなく適合することのできたエンブリオ——それがロクでした。

旦那様と彼との間にどのような話があったかはわかりません。
ですが、ロクはそのことについて了承したようでした。


その術を発動するためにはもうしばらく準備が必要でした。
私はその準備のために館を離れていたのですが——最早坊ちゃんの体が限界だったのでしょう。
恐らく不完全のまま術は発動され———
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「それで——術は失敗してアイツはあんな姿になった、って事か？」


ししょーがかくにんするとセバスチャンはうなずきます。


「でもよォ、それっておめぇの思い過ごしってことはねェのか？姿だって元の人間やエンブリオとは違ェんだろ？」


「私もそう思っていたかったのですがね。・・・・・気づきませんか？僅かながら坊ちゃんからエンブリオの気配がすることに。」


「——やっぱ間違いじゃなかったんだな。会った時から妙に力が不安定だったり何か気配がおかしい奴だとは思ってたが・・・・・。」


「ええ、気のせいなんかではありませんよ。その気配がね——似ているんですよ、ロクに。
それに以前よりエンブリオの『気』が強まっています。人狩りと対峙して窮地に追い込まれたことで徐々に力が目覚めたのでしょう。」


それに、とセバスチャンはつづけます。


「坊ちゃんの尻尾についていたあの鈴——ちょっと大きすぎて不格好でしょう？あれはリク坊ちゃんがロクへと送った手作りの物なんですよ。今は尻尾についていますが元々はロクが首につけていたものです。
それだけならまだしも——貴方が言っていた例の『猫』、どう考えてもロクに瓜二つです。間違いないでしょう。」


「それじゃあアイツはやっぱり——」


「ええ。」


ふたりはだまったまま猫をみつめています。
そのちんもくをさきにやぶったのはししょーでした。


「仮にそうだとして、だ。それじゃあ今のアイツは一体『誰』なんだ？
アイツは記憶がないらしいが、人間の人格なのか？それともエンブリオなのか？」


そのしつもんにはセバスチャンもしぶいかおをします。


「———分かりません。
今の坊ちゃんはリク坊ちゃんに似てはいますが、自分のことを『小生』と言うようなロクの片鱗を覗かせる事もあると思えば、若干リク坊ちゃんより幼い言動も見られます。
その部分は記憶がないせいなのかもしれませんが———」


そういってためいきをつくセバスチャン。
ししょーもなんといったらいいのかわからないのか、ふたたびだまってしまいます。



「アイツには、まだ言わねェ方が良いだろうな。」


ポツリ、とししょーがもらしました。
それにセバスチャンもさんせいします。


「そうですね。あまりに色々ありすぎましたから。ですが、いずれ時期が来たら——」


そういって、セバスチャンはししょーにむきなおります。


「少し後で、旦那様のところへ顔を出してみようかと思います。尤も、最早お役御免となっているかもしれませんがね。」


おどけたようにそういうと、しんけんなめをして、


「私のいない間は、どうか坊ちゃんを頼みます。」


「———おゥ、任せろ。」













『ししょー、セバスチャン、なにをはなしているのです？』


あそぶのにあきたのか、ふたりのもとへきた猫がふしぎそうにみつめています。


「何でもねェよ。さァ、とっとと進むぞ！」


『りょーかいなのです♪』


ずんずんすすんでいく猫たち。
このさきのみらいにはいったいなにがまちかまえているのか、それはまだだれにもわかりません——

小声でそんな言葉を返す。

締まりの無い顔で笑った。どうやら満更でもないようだ。

ふむむ、と首を捻って考えてみたが、だらしない表情のままなのであまり真面目にも見えない……。

興奮冷めやらぬまま、ロクに擦り寄って尋ねた。

加工をお願いした花飾りを受け取りながら、問いにふるりと首を振る。

じ、と差し出された腕を見る。黒い毛並みの中、傷を見つけて。

私は、癒しの力を持たないから、と。淡い表情に少しだけ申し訳なさを含みながら、代わりに小さな容器を差し出した。

にっこりわらってエンブリオたちのもとにかけよりました。