昼の騒がしさと眩しさはすっかり消え、夜の海は暗く静かで、遠くでは酒を酌み交わし談笑する声が聞こえてくる。
手伝いを済ませたアールはふらりと浜辺に立ち寄った。
そこに座るチセを見つけると、アールは足早に駆け寄っていく。その両手にはパレードで配られていたジュースを持って。シャンパンを勧められたがあまり口に合わなかったのだ。
背中に声をかければ、昼間に比べれば涼しくなったからか、そこにあるチセの表情は穏やかに見える。

「これ、もらったからやるよ」
「ありがとうございます」
隣(とはいえ少し離れて)に座ると、アールは一口グラスに口をつけて海を眺めた。夜だというのに星明かりで見晴らしがいい。
「こうしてると、村を出たのもよかったのかもなあ」
アールはそっとひとりごちた。
「村にいたら海も見れなかったし、船にも乗れなかったし、こんなうまいもんも食えなかったし」
「寂しいとか、帰りたいとか、思わないんですか？」
どこか翳りを帯びた声音で、チセはぽつりとつぶやいた。
アールは一度首をかしげるも、すぐに考えるのをやめたというふうに大きく伸びをして、星空を見上げた。
「んー……村出たばっかりの時は不安だったけどさ。今はいろんな奴に会えたし、いろんなもん見れたし。だから平気」
「……そうですか」
「チセもいるしな！」
どういう意味を含んでいってるのか、チセはただ黙って同じように首をもたげた。
ちらりと盗み見た横顔はやはりいつものようにどこか寂しそうで、アールは星をなぞるように視線を泳がせた。

ふと太腿のあたりに違和感を感じたところで、アールは思い出したようにポケットに手を突っ込んだ。
引き抜いた手に握られていたのは、とある露店の商人からもらった青い石。チセにあげようと思い、たくさんの石の中から目にとまったものだった。
「なあ、チセ」
アールは改まったように向き直ると、チセの眼前に手をぐっと突き出した。
「あのさ、これ、やるよ」
手を開いてそこにある青い石は小ぶりで不格好な形をしていたが、表面には星が写りこんでちらちらと鈍い光を放っている。
「もらったものなんだけど。新しいことを始めるのにいいとか、勇気が出るとか、友達ができるとか。そういう石だって」
ええと、と続く言葉を濁しながらもアールはチセの小さな白い手に、その石を握らせた。
「なんかお前最近、っていうか最初に会った時からいっつも悲しそうな顔ばっかしてたから。それで…元気になるようにお守りというか……いつも飯作ってもらってるお礼というか、なんというか」
照れくさくなってきたのか、じわじわと顔を赤くしながらアールは言葉をこぼしていく。すでにチセの顔すらまともに見れずに、視線は海へと投げられている。

「俺チセのことなんも知らないけど、チセはいろんなこと教えてくれるから、俺嬉しいんだ。近くの町までって約束だったけど、こんなとこまで来ちゃったし。これからも一緒に旅していいかな。ずっとチセに聞きたかったこともあって……」
「聞きたかったこと？」
「俺行かなくちゃいけないところがあるんだ」
アールはチセと目を合わせるとひと呼吸おいて、目をわずかに鋭くした。
「赤い大地、ってどこにあるか知ってるか？」
その口調はまるで、人に死でも告げるようにどこか重々しく、覚悟を決めたようなものだった。

スィナン(Eno.1132)からもらった石
加工されておらず小さいが鈍く光り、角度によって色が変わる

チセは周囲におおい繁る木々を見上げて呟いた。

彼らの中でその場所を訪れたことがあった者はいただろうか。

鼻で笑い飛ばし、にたにたとした表情を浮かべながら、
尚もぐいぐいと少年の額を指で押し返す。

明らかに小馬鹿にした表情と態度で、ジャックは大仰に肩を竦める。

興奮した様子でキラーインコにむかって口笛を吹いている

チセは不満そうだ。

少女はソワソワしている。

少女は双方で交わされるやり取りを見守っている。

目の前に十字路がある。
そこには珍しく大勢の人が集っているようだ。

その中央には一冊の……日記帳だ。日記帳が落ちている。

拾って中を読んでみるか。
いや、そんなことより正面、右、左……どこへ進むか決めるべきだろうか。

貴方は立ち止まって本を読んでもいいし、そのまま進路を決めてもいい。