「……これは、俺がやったのか」

目を覚ました時、そこには悪夢のような光景が広がっていた。
それは、自らの眼によって引き起こした『風』の傷跡。
そうして、その風に傷付けられたであろう冬花が、俺を心配するような表情で見下ろしていた。
ゆっくりと、身体を起こす。

「覚えて、いる……？」
普段の淡々とした抑揚に、気遣うような響きを含ませて。
「もう落ち着いてるから、大丈夫」
目の事を示すように、傍の額に、手が触れた。

「……ああ。全て覚えてる」
されるがまま。抵抗する気力も無く。
「すまない」
消えるような声で。腕で両目を覆って。

「違う」
手を離しながらふるりと首を振る。
「謝らなくてはいけないのは、…自分。…メールを受け取った時点で、気付くべきだった」
「私は……何もできなかった」

「……違うんだ。悪いのは、お前じゃない」
「俺が、この眼で、お前の仲間を傷付けた。……それだけだ」

「…それ、は……」
「魔異先輩だけじゃ、ない。……力を向けたのも、…誤解をしたのも…」
「……あなたひとりが、悪いわけじゃ、無い」

「……それでも」
「俺のしたことは、消えはしない」
「お前が信じてくれたこの眼で、俺は間違った道を歩んでしまった」
「お前に、そんな顔をさせてしまった」

「私のことは、良い」
「……間違えても、別の道を歩める……魔異先輩が自分を苛み過ぎてしまったら、きっと、それも出来なくなる……」
「……私は、先輩を、そういう風にさせたくない…」
「先輩。私は……」
「私は……、……先輩と一緒に行きたい」

「……冬花」
目を見開く。
彼女は未だ、俺を諦めてはいなかった。
あれだけ猛威を振るったこの右眼さえ、受け入れるというのか。
「俺は——」

「俺は賛成しない」
「……ルトゥ」
「マコト。俺はお前の善良さを疑っちゃいない。冬花がお前を慕う理由も何となくわかる……けどな」
これまで傍観していた風の子が、見据える先。
「『その眼』だけは信用出来ない」
「いつまた制御を失うとも知れない。そんな危険な力の傍に、トウカを居させる訳には行かない」

「……その通りだ」
風たる子の懸念。それは自分自身で感じていた問題だった。
呪術師へ向けた怒りも、敵意も、自身の未熟さ故だ。
よく『視て』いたなら、気付けた筈なのだ。棒術士も、魔女も、敵意など、最初から持ってはいなかったことに。
だからこそ、俺は。
「すまない、冬花。俺は、お前と一緒には行けない」
突き放すように、その言葉を紡ぐ。

「……どうして」
「……先輩。ルトゥの言う事は、気にしなくても良い。私は…何かあっても、自分の身を守れる。」「もう、同じ事には、ならない」

「——何も、解らない癖に」
言ってはいけない言葉を、絶対に紡いではいけないと思っていたあの言葉を、口にする。
俺はきっと、彼女の傍にいてはいけないから。
彼女に、嫌われなくてはならないから。
「邪気眼を持たないお前に、何が解る」
冬花へ向ける双眸。淀んだ色に、拒絶の意志を湛えて。

「…………っ」
びくりと、細い肩が震える。大きく見開かれた瞳が、少年の双眸を映す。戸惑いと、確かな怯えを孕んで。
「魔異……先輩？」
いつかのような心細げな声で。

この先の言葉を、紡ぎたくはない。望むなら、俺は、俺は——

「俺がいなくても……お前にはルトゥが……あいつらがいるだろ……」

——最低だ。そんなことは自分でも解ってる。
出来るなら、冬花は俺の手で守りたかった。
けれど、その意志が先行した結果はどうだ？
彼女を傷付け、彼女の仲間を傷付け、挙句の果てに逃げ出そうとしている。
どれだけ強さを手に入れたところで、それが呪いである限り、俺は彼女を守れなどしないのだ。

「……お前にはもう、俺なんて必要無いんだよ」

突き放すように告げる、別れの言葉。
否定はいらない。ただ、軽蔑してくれればいい。
俺という人間を。力の重さから逃げ出した、無責任な男を。

「『危険』なんだよ、俺は！　お前の力じゃ、俺は止められない！　出来もしない癖に、偉そうなことを言うな！」

「……ぁ、」
言葉を、風を遮られた時よりも、心が冷えた。
だって、あの時はまだ、彼は私を、想ってくれていた。けれど、今は、
「……私は、……力に、なれない？」
「……力のない私は、傍にいても、……意味が、ない……？」
確認では、なかった。ただ、彼の怒りを受けて巡った言葉が、そのまま口を突いて出た。
それは、自分が一番分かっていた事で、だからこそ一番……拒まれたくなかった場所で。

胸が張り裂けてしまいそうだ。
俺は、自分の唯一の支えさえ、この手で壊してしまおうとしている。
彼女の気持ちを何一つ考えず、自分だけの都合で。
終わりにしよう。
もう、これ以上苦しまなくていいように。
彼女が前を向いて歩いていけるように。
棒術士と、魔女。そしてルトゥ。彼らなら、俺なんかよりも、きっと、ずっと。

「——お前は、…………『足手まとい』なんだ…………」

決定的な、何かが、毀れてしまった気がした。

「……出過ぎたことを言った」

わすれて、と。絞り出された声は、余韻すらも頼りない程細く。
少女は立ち上がる。それきりもう、彼に何かを言う事はなかった。

これで、いいんだ。
冬花は強い。俺がいなくたって、大丈夫だ。
——あいつは、陽の当たる道を、歩いているべきだ。

「……じゃあな、冬花」

自身もまた、立ち上がり、背を向ける。羽織った学ランをばさりと翻し、一呼吸おいて。

「ラ・ヨダソウ・スティアーナ（さよならだ）」

別離の符丁を、冬花に告げた。






その言葉に込められた意味の全てを、『きっと』、彼女は知らない。
だからこそ俺は、最後にそう告げた。
彼女にとっての、永別の言葉を。
俺にとっての、……、……——



「マコトさんもやりましょうよ」
ぼんやりと、目の前で行われている花火を眺めていた。
ユパが落ち込む俺を励まそうと、皆を誘ってくれたのだ。
けれども俺は、そんな彼女の想いを無下にするように断ってしまう。
「……俺は、いいよ」
自分でも笑えてしまうくらい脆いと思う。
自ら選んだ結果なのに、どうして俺は、こうも心を曇らせてしまっているのだろう。
「マコト、あんたもやりなさいってほら」
強引に手渡された、線香花火。それに火が点けられて、目の前で光が散り出す。

「…………ぁ」

思い出して、しまうじゃないか。
忘れてしまいたいのに。
願わくば、このまま全て終わらせてしまいたいのに。
もう、いいんだ。奇跡なんてありはしないと、分かっている。
だから、俺は。

俺は——。




（今回の日記はEno.2122、有城冬花とEno.200、ユパックの日記にリンクしています）

（即座にやりをつきだしてりんごを調べるねこぞく！）

毒のないおいしいりんごだとりかいした！

喜び勇んでマコトの持つりんごに飛びつくねこぞく！

りんごにがっぷりとビーストファングだ！

もちろんマコトの手ごとである！！

どんな漢字で書くかは、言葉じゃ伝わらないということで。
言語とか文字とかどうなってるのかという謎がありますが、おそらく世界の都合で修正・補正されているのでしょう。

とても真面目な顔で、寂しそうな表情のマコトさんを見ると、何かを思い出す仕草をして、話を変えます。

話が通じないものは、嫌いますし、戦うしかありませんし。
と、ちょっと怖いことを言ってから、話を続けます。

そう言ってから、一息をついて。

答えようとして、ちょっと言葉を詰まらせて。

なぜか困ったような顔で、マコトさんを見てから、しばらくなにごとか考えて黙り込みます。


しばしの間。


そうしてから、急にアムルは思い切った調子で顔を上げて、話を切り出しました。

視線を向けられると、声はだんだん、小さくなります。

言いにくそうに、目をそらして。
困ったような口ぶりで話を続けます。

そんな風にしゃべるのが、普通だったら、ごめんなさい、と謝ってから、お返事を待ちます。

少しだけ一息ついて、

顔の半分を隠しているとはいえ、先ほどと何も変わらない明るい表情。

しかしその仮面の奥は何も見えず、闇だけが存在しているように錯覚する。

うーん、と唸るシロ。

ふふん、と得意げに胸を張るミルフィーユ。

どんなことができるのか…という問いに、ミルフィーユはすぐさま反応した。

どうやらユリアの世界の文明では、
異界の技術の集大成である“スマートフォン”の理解に至るには難しかったようだ。
得体の知れない『薄い板』を、興味深気にじっくり観察する。