吹き荒れる炎の嵐を切り裂きながら、黒騎士が地面を蹴り私へと迫ろうとする。
その足元が激しく揺れ、廊下に走る亀裂が更に広がっていく。
揺れる直前、空中に飛び上がる黒騎士目掛けて、頭上に浮かぶ7つの光球が八方から迫る。
それを、一息に全て切り捨てながら勢いを落とさず、私を真っ直ぐに見る。奴は、詠唱する私が張るであろう障壁ごと叩き斬ろうとしているのか、剣を大きく振り被り。
——振り下ろした剣は、虚しく石畳とぶつかり合う快音を響かせる。

転送魔法により反対側の廊下端へと瞬時に移動した私は、即座に凍結魔法を起動させる。
巻き起こる絶対零度の冷気を、反転し、猛進する黒騎士の剣が一閃する。
それで一時的に防ぐ事はできるも、冷気が相手では防ぎ切る事はできない。
徐々に凍り付く鎧に焦ったか、ひび割れていた床を踏み砕き、下の階へと逃れる。

「——逃がさない！」

真下の階に暴風を発生させる。
閉鎖空間で形成されたそれは、今まさに下の階へと降り立ったばかりの黒騎士を巻き込み、そのまま私がいる階の床を瓦礫へと変え、諸共吹き飛ばす！
手応えあった、と確信するや、背筋に悪寒を感じて反射的に眼前に防御魔法を展開する。

こちら目掛けて猛烈な勢いで飛来する瓦礫の雨。
風に飛ばされたのではない、確実にこちらを狙って放たれている。

「……」

まだ息があったか、と内心舌打ちを一つ打ちながら、右手に闇の魔力を集わせる。
——死の呪い。もっとも単純で、もっとも確実な必殺の魔法。

黒騎士は白兵戦こそ強力無比だが、彼が有する遠距離攻撃の手段の中で私の脅威となるものは1つとして無い。
ならば瓦礫の雨を目晦ましに白兵戦を挑もうとしている彼に対しては最適の牽制と言えるだろう。
肉を切らせて骨を断つ。
この身を一撃で引き裂けなければ、死の呪いのカウンターで絶対の死が待っている。
もう片方の手から光線を雨と放ち瓦礫を消し炭にしながら、瓦礫の雨に紛れて迫る黒騎士を待ち構えた。

黒騎士は剣で光線を払いながら、勢いを落とさずこちらへ迫る。
動きに恐れや躊躇いは無い。
相討ち覚悟か。なら、カウンターで撃ち落とすだけだと、私は身構える。
障壁を張る時間的猶予は無い。一撃をあえて許そう。
だが——

「——ぐっ…！？」

そこまで考えて、私の思考は漂白した。
…刃は深々と、私の身体。肩の辺りに潜り込んでいる。
それだけなら良い。それだけならば。
だが、刃から放たれる得体の知れない力は、瞬く間に私の力を奪っていく。

まずい、と直感し、反射的に死の呪いを黒騎士へ放つ。
が、まるでどこを狙うか分かっていたかの様に奴は頭だけ動かしてそれをかわし、更に深々と刃を埋め込ませる。それに伴い、私の身体からは更に身体から何かが抜け落ちる。

この感覚は、なんだ？　未だかつて味わった事が無い。
そう、それは、まるで。
強大な何かが、身体から抜け出る様な————

「……ま、さか…！」

私の中に満ちる、私が強大だと感じるもの。それは

「魔王の、力を……！」

力の消失を止めようと剣の柄に手を掛けるも、触れた瞬間、熱された鉄の塊を掴んだかの様に私の掌から肉が焼けるような音が響き、激痛が走る。
構わず強引に引き抜き、それを廊下の端へと投げる。
傷口からどばりと大量の血が溢れ、口にも鉄錆の味が広がる。
一撃ならと油断したが、その一撃で想像以上に追いつめられた。

「………………やるじゃない…」

げほ、と血の塊を吐き捨てながら黒騎士を睨む。
奴は剣を手放したからなのか、今のところは動きもなく、じっとこちらを見据えている。
——残る魔力を確認する。力が消えた事が原因なのか、序盤で散々大魔法を使ったツケなのか、
撃てるのはせいぜいが3発といったところか。

すぐ後にあるであろう先生との戦いは、その時に考えよう。
あの人はどうしてか、私達の戦いに手を出そうとはしていない。
回復魔法を使う魔力も惜しい。私は血を流れるに任せたまま、黒騎士へ向けて手を翳す。

この3度で、黒騎士を倒す。
それ以外に私が勝つ手段は無い。


じりじりと、黒騎士は間合いを詰めつつある。
大きくダメージを受けた私に今ある唯一のアドバンテージは、相手の武器を奪ったという一点のみ。
今このままの状態で武器を手に入れられれば、私の死は免れない。
それは向こうも承知しているはず。
……ならば。



一歩、二歩、黒騎士と剣の距離が3m程に迫ったところで、黒騎士が動く。
地面を蹴り、転がり込みながら剣へと飛びかかる。
魔法の起動は——無い。

ただ一つの妨害もなく、黒騎士は剣を手にする！

だが、私の魔法起動は、剣を手にしたその瞬間。
対象は黒騎士を含む、その空間全体。彼が剣を振るうよりも早く、私は魔法を起動する。

『……！』

彼が驚く気配が、鎧越しに伝わる。
発動したのは転送の魔法。
私の目論見通りの場所に転送させまいと、黒騎士は剣を振るって魔力を乱し、抵抗する。
私が指定した転送先は廊下の中央だったが、実際にはやや手前に黒騎士が現れる。
唐突に転送され、おまけに魔力を乱した為に場所の把握が咄嗟に出来ないのか、黒騎士は慌てた様に周囲を確認する。

だが、その時にはもう遅い。
廊下の端に下がっていた私は、掌に攻撃魔法を構えて黒騎士へと向かう！
気配を察し、黒騎士が振り向く。剣を振り翳し、迫る私を迎撃せんと振り下ろす！

剣に触れなければ私の魔法は打ち消しようがない。
鎧の内側に直接放たれたら、確実にそれで終わる。
…だが、それはあくまで触れられればの話。
白兵戦において絶対的な強さを有する黒騎士に接触するなど、正気の沙汰ではない。
仮に不意を打っても、黒騎士の反応速度をもってすれば、私が接触をする前に剣を叩きこめるだろう。
今回も、そう。

故に————


「——起動」

もう一方の魔法を、起動させる。

「召喚…！」

ずぼり、と穴に落ちる様に私の半身が地面に——正確には影へと沈む。
シェイドに引きずり込まれた影の世界は、此の世の法則には縛られない。
ガァン、という石畳を剣が砕く音が真横で響く。構うものかと、掌を突き上げる。

黒騎士の足首を、彼の影から伸びた私の手が掴む。
その掌には氷嵐の魔法。

いつかの時と同じだ。
頑丈な鎧の内側にそれを放てば、逃れられぬ衝撃はその内側に集中し、破壊し尽くす。


「……ッ。…馬鹿ね……」

言葉の意味も理由も分からず私は言葉を零し。

『……。そうだな』

返ってくる彼の言葉は、ひどく穏やかだった。



氷嵐の魔法が、唸りを上げる。

暗に偶に騒がれてしまう、と。それでも飼い主としてある程度は責任は取る心算である。迷惑だけはかけてはいない、から。

曰く、彼女がいる『庭』に足を踏み入れてしまった時の事。御菓子を頂いて帰ってきただけなのだけど。

　未練もなく人間をやめた。あっけらかんと言う様子には感嘆を見せた。

　平和だから暇つぶしが必要。なんとも贅沢な悩みだ、とトカゲはひとつ嘆息し。

　なにぶん腕っぷしには自信がない。正面切っての方法を考えねば、と思うと頭を捻ることになりそうだ。

　一揆は旅じゃないのだろうか。と言うのもまあ、何だかなあと言う感じがしたのでその疑問は呑み込んだ。

　鎧並み、と聞いて目を瞬かせた。それから感心したように一言。自分もエンブリオの力を借りて似たような防護は施してあるものの、自力で、と言われたら無理なわけで。

　真顔で聞いていた。

　されそう、というか、されると言い切っても良いと思う。普段の自分たちのことを考えると。

　ぽつりと、そう問うた。

何だか、コンコンと魔王について述べ始めた。

興味深そうな視線を色々と別な方向にとらえた。

笑顔で掌に黒い雷を迸らせる所を見て焦り始めたが…

何やら無駄な魔力を消費して地面などに含まれる砂鉄などから鉄の棒を作り出し、その鉄の棒に静電気を帯びさせた。どうやら避雷針にするらしい。

色々と悪巧みを考えているらしい。しかも避雷針の後ろにいれば雷なんて怖くないぜ！なんて、油断しきっている。