転送先の廊下は、しんとした静寂に包まれていた。
元は豪奢な造りだったのだろう。純白の壁にかかる銀のランプ、足元に広がっていたであろう真紅の絨毯。今は血と骨と肉が散乱していていて、さながら死体置き場か屠殺場の様だった。
転がる死体は先ほどまで兵士を蹂躙していた魔物と、蹂躙される側だった兵士達とで半々ずつ。
濃厚な血や糞尿の臭いが鼻をついたが、それにかまけている余裕は無かった。

視線の先には、この場において尚立っている２つの影。
賢者ヴァナガンド。そして、黒い全身鎧に身を包んだ剣士。
ヴァナガンド…先生の表情は険しく、眉間には深い皺が寄せられていて、苦悶しているのが見て取れる。
だが、凄まじい魔力を内に渦巻かせた杖の先端を迷いなくこちらへ向けているところから見ると、手加減は期待できそうにないだろう。

右手に持つ漆黒の剣は、なるほど、かなり高位の魔法剣。私の探知を断ち切ったのはあの剣だろう。兜に覆われていて、顔は見えない。
見たところ、リビングアーマーではなく中身はあるようだが…。
はたしてその中身が人間であるかどうかは、正直疑わしかった。
ここまで来て投入する切り札ならば、中身が魔物の可能性だという事も十分に有り得る。

「…観察は終わったか？　魔王。見てわかる事など、そう無いとは思うがな」

先生らしからぬ言葉に、私は思わず眉を潜めた。

「どんな時でも相手の観察は怠るな。…先生が教えてくれた事ですよ？」

焦れたような物言いは、私と戦う事を心底では望んでいないからなのではないか——
そんな期待が一瞬、心に生まれる。

「先生。退いて下さい。先生ならわかるはずです。
　あなた達がどんなに強かろうと、魔王になった私には勝てない。
　それに私は——この国を滅ぼしたいわけじゃない。人間に危害を加えたいわけじゃない。
　勇者を、ディラックを助けたいだけなんです。
　…お願いです先生。貴方ならディラックの居場所が、分かるはずです！　教えて下さい！」

杖の切っ先は下がらない。代わりに、眉間の皺が更に深まる。
先生のこんな苦しそうな表情、初めて見る。

「ディラックを助け出したら…私は魔物達を引き上げて、魔王城に戻ります。
　そうしたら講和でも何でもして、もう、人間界には手出しをしない事だって約束します。
　望むのなら、交流だってしても構いません。だから——」

言葉を切り、私は短く詠唱を一節。眼前に障壁が展開するや否や、乾いた金属音が廊下に響き渡る。
眼前でぎしぎしと、こちらの首を刈り取ろうと唸る刃の向こう、兜の合間に広がる深い闇目掛けて私は低い声で告げる。

「躾がなってないようね、犬。…余程死にたいと見える」

障壁を維持したまま、反対の手に魔力を集わせる。
体内に満ちる膨大な魔力を一気に注ぎ込み、急速に膨れ上がる光球を黒騎士の足元目掛けて投擲する。
瞬間、全身鎧を着ているとは思えぬ速度で黒騎士が後ろに飛び退く。だが——

「——遅いわ」

廊下一体に止まらず、城全体を超低温の冷気が包み込む。
魔物達は私が戦闘すると聞いた時点で場内からの退避を開始しているはずだから問題は無い。
先生も巻き込まれる形になるが、並の魔法使いならばともかく、先生程の術者ならば少なくとも死ぬ事は無いだろう。
逆に言えば、そうでもなければ戦闘不能は免れない威力だった。

冷気が廊下に満ち、氷結した空気によって視界が白に染まる。
白い煙の向こうにいる先生に声を掛けようと、口を開き。そこから息が吐き出された。

「が、は……ッ！」

腹部に生じた鉄塊で殴られたかのような衝撃。
魔王の身でそう感じたのだから、実際はそれ以上の破壊力なのだろう。
衝撃に逆らわず、あえて身を任せて大きく後方へと吹き飛ばされながら詠唱を開始する。
地面に激突する直前、片手をついて倒れる事だけは防ぎ。
しりもちをついた状態のまま視線を前へ。視界に映るのは、眼前まで迫った黒鉄の拳！
カウンター気味に、迫る拳を中心として放射状の炎を放つ。
廊下一帯にまで広がった炎は、拳もろとも敵を呑み込むが、光が奔ると同時、掻き消える。

火の粉と化して尚、石畳を溶かす程の高熱。
先程放った冷気との極端な温度差で、廊下中にひびが入り、空気が揺らめく。
その向こうに、黒い影があった。

「……黒騎士…！」

それは。漆黒の剣を片手に。
当たり前のように私の炎を切り裂いて、当たり前のようにそこに立ちはだかっていた。

「…………なるほど。一筋縄じゃいかない相手、って事ね」

目の前にいる相手は、今までとは違う。
魔王という圧倒的なアドバンテージに迫るポテンシャルを有する奴は、ヴィルムよりも、グリフよりも、恐らくはディラックを上回る。間違いなく単身で私を殺し得る存在だった。

「面白い…！　やってやろうじゃない！！」

剣を再び構える相手を確りと見据えながら、私は黒騎士へと咆哮した。

言われた通りに林檎を食べきり芯だけにしてみせれば、目の前でその林檎を食べる前と
同じ状態にされてナナシは驚きの表情を浮かべる。
そして舌をれーっとやり、腹を擦り食べた分の林檎の存在を確認する。
それをしたならば林檎とフィーグルを2,3交互に見つめて関心をしたように

聞きながらナナシは促された通りに林檎を齧る。
味は先ほどと同じように安い林檎の味がした。

なんて冗談を言いながらナナシは食べる。
不思議に思いつつも余興として楽しんでいるようだ。

　どうやらクーリアは"そういう手段"での吸魔しか知らないようだ。
　"できる"とは言えず、あたふたとしている。

言って、自嘲の色をありありと込めて龍は一声笑った。

フィーグルの言葉を繰り返し、
噛みしめるように唇の中で反芻して。

このようなざまだからお前を怒らせるのかもしれないな。
ぽつりとこぼした。

それから、自分の疑問に対するフィーグルの答えには
少しばかり考え込む素振りを見せてから。

純粋な感想をそう漏らした。

　ってなんでしょう。

　細かい作業とかあーっと投げ出しそうに見えますが、その実こつこつ積み立て派のようで。
きっと楽しく、騒がしく。

　魔力の付与とは別物です。おねぇさんはやっぱりぴおよりお姉さんでしたね。

　萎れてたくせに、次は膨れて、今ははしゃいでいる。表情がくるくると回ります。
おかえしっ、とばかりにぎゅむと抱きついて。

　密着したら思った以上に華奢でびっくり。