とある暗い地下室で、黒い法衣の魔術師が、蝋燭の灯りを頼りに古い分厚い本を数冊見比べながら、何かを書き取っています。
少し前まで周囲にあれだけいた助手らしき者たちの姿は、一人も見えません。
古書に記された、見ているだけで頭の痛くなりそうな文様を相手に、魔術師の男は頻繁に目頭を押さえ、頭を軽く振ります。

そうして一体、どれ程の時間が過ぎたでしょうか。
陽の射し込まない地下室で、かつてはたくさんの蝋燭が詰められていたであろう、ほとんど空になった木箱と、
燭台の周りにこびり付いた、大量の蝋燭の燃え滓が、男が寝食さえせずに、長い間ここに籠っていたことが窺い知れます。

ようやく作業に一区切りがついたのでしょうか。
男はずっと握り締めていた、手汗でくしゃくしゃになった羽ペンを置くと、ぎしりと椅子を軋ませて立ち上がります。
ずっと同じ姿勢で凝り固まった関節が、パキパキと音を立てます。
男が書き取ったであろう、膨大な量の紙の束を見遣るその双眸は、とても険しいものでしたが、
それは過労から来る表情の変化ではなく、何かへの焦燥感を募らせているような、そんな表情でした。


"———私は、薄幸な少女として終れるはずだった彼女を、
　取り返しの付かない怪物に仕立ててしまったのかもしれない。
　あの男が、彼女を娘として愛してくれている間はいいだろう。
　しかし、それは永遠ではない。
　もし彼女が、彼という箍を失くしたとき、一体何が起きるのか。
　その時彼女がもたらすであろう結末を夢想すると、私は恐ろしくてならない———"

目の前で増幅していく力をひしひしと感じ、とても興奮している様子
髪の毛も節々が白く光り、そこから青い炎が断続的に立ち上る
逃げる気なんて毛頭なくじっと周辺が真っ暗になるのを待って居る。

魔女の顔に緊張が走る。
彼女にしては珍しく、そこには強い焦りの色が見えた。

短い会話を交わすと、ミハイユは蝙蝠に変化する。
その蝙蝠は、さらに小さな蝙蝠へ。小さな蝙蝠も、さらに小さく分裂してゆき、やがては黒い霧のような姿へと変わり、空を漂ってゆく。

その前に、魔女が立ちはだかった。