◆ Intermission　→side:A



森の洋館の長い廊下にて、一人の若い男が途方に暮れたように溜め息を吐いていました。

「あなたも、伯爵に暇を出された口かい？」

そう声を掛けたのは、白衣を羽織った黒縁眼鏡の青年でした。
眼鏡の下の表情は少し疲れていましたが、綺麗に無精髭を剃った顔は、以前街の一室に居た頃よりも大分若く見えます。

「……あなたはいいですね、無二の才能があって。
　僕だけじゃない、他にも使用人とか、女中とか、大勢切られてる。
　やはり、伯爵はここを引き払うつもりなのかな……。」

「元々、ここは彼女の為に建てられたものだからね。」

「でも、同情もします……、奥様に先立たれて、あの子だけが伯爵の支えになっていたのに。
　こんな事を言うのもなんですが……、伯爵、これからどうするおつもりなのでしょうか。」

「それはあの人の決めることだ。」

白衣の青年はそう答えますが、薄々察しがついているといった様子です。

「……このところ、屋敷に人が減った代わりに、どうもきな臭い連中が出入りしてる。
　おそらくあれは……、いや、止めておこう。」

元使用人の若い男は怪訝そうな顔をしますが、

「もう関わらないほうがいい、暇を出されたのは恩赦だと思っておけ。」

そう言い包められて、洋館を後にしていきました。




錬金術師であり、医師でもある彼に、魔法に関する専門の知識はありませんでしたが、
ここ最近出入りしている連中が、魔導士という存在だということは判りました。
それも、死霊術師や召喚士と呼ばれるような。
彼らを使って伯爵が何を始めようとしているのか。
永遠で完璧な生命を研究する錬金術師である彼にも、その目的は容易に想像が付きます。
それゆえに、これから先、この洋館でどれほど血生臭い実験や研究が始まろうとしているのかも。
そして、その中に、暇を出されることのなかった自分が携わっていくことになるであろうという事も。


「無二の才能、か……。なんとも皮肉じゃあないか。」

尋ねながらも、ミオさんの口から答えが返ってこないのを理解している。
暗闇が空を埋めていくのに合わせて、傍にいる友人が別のものに変わっていくのが分かる。

背筋を冷たいものが這って、アムルはぶるりとその身を震わせた。
その感覚は、一時で消えたりはしない。
冷えた痺れは背筋から首の後ろに這い上がって、肩口からアムルの顔を覗きこんでいるように感じた。

触覚がざわざわと震えて、表面を覆う微細な毛が逆立っている。
八つの目と二対の触覚の、研ぎ澄まされた感覚がミオさんの一挙一動を睨みつけています。

逃げることも戦うことも選ばずに、アムルは尋ねました。


+++

記憶を取り戻そうとしているミオさんを、それ以上邪魔しないように。
抑えた声で、ささやくように話を続けます。

いまだミオさんの事情に踏み込めないまま、答えが出るのを待つことしかできません。
それは、アムルにとっては、とてももどかしいことなのでした。


+++

くすくすと微笑んで。

ミオさんの過去に踏み込むのをやめて、今を楽しむことにしたようです。
細い指先で、そっと撫でるように髪を梳きます。

心配されているのかな、と、思いながら、正直に答えます。
むしろこの既設には、ひんやりしたミオさんの頭はちょうどいい塩梅だったり。

ぴくりとも動かなくなったミオさんを見下ろして、不思議そうに首を傾げて。
しばらくじっとその顔を眺めていましたが、ふと我に返りました。

当初の目的である、自分の知っている物語を話して聞かせることを思い出したのです。

そんな風に、王女様の恋物語を話しはじめるのでした。

裸になると危険なのか…という問いに対しては

渡した硬貨をがじがじしているのを見ながら、形を確かめてみたりしている。

尻尾をごそごそと動かしながら舌なめずり

セイロンがガルダのコントロールパネルをごそごそしていると、ウィーンと電子レンジが稼働するような音がして「チンッ」と鳴った。

そうセイロンがいうと、ガルダの背面が開き、中からオーソドックスな中肉中背な男性の裸体がごろんと出てきた。
ついでに世界樹の葉も一緒に出てきて見えちゃいけないとこを隠している。

手を掲げて日差しを遮りながら、土煙が晴れる様子を眺める。
しかし、そこからの突然の不意打ちには対応できずに。
反応する隙もなく、二本の矢は無慈悲に魔女の頭と胸を貫いた。

……かのように見えた。
どこかに被弾したのだろう、地面にはぱたぱたと血が溢れる様が見えるが、肝心の魔女には傷ひとつ見当たらない。
矢に穿たれた勢いか、後ろに数歩ふらふらと下がるが、そのまま倒れることなく体勢を持ち直し、煙が晴れた少女の姿を見て、口笛をぴゅう、と鳴らす。

そう講釈をしながらも、彼女は手をかざし、その周囲にはまたも禍々しい矢が姿を現す。
その矢は放たれる事なく、10本、20本、30本と数を増やしてゆき……。
そして、魔女は呟いた。

どこかで、蝙蝠の羽音が聞こえたかもしれない。
魔女の隣で話をしていた吸血鬼が、どろりと影に溶ける。

少女の背後には、吸血鬼が居た。貫かんばかりの怪力で、まっすぐ少女の腹へと腕を振るう。

ナチュラルに頭なでなで。