《New Stage》


　メルンテーゼという世界について、少しだけ考えてみよう。
　エンブリオと共に発展してきたメルンテーゼの文明レベルは決して低くはない。それは一揆に参加しているだけでもわかることだ。兵士が身につける鎧、利便性を求めた道具、意匠を凝らした建造物。これらのものが存在するということはすなわち、生きるための
労働をする必要がない者がいる、ということである。そういった者たちが多ければ多いほど文化が生まれ、文明は発達し、都市を構成し、技術は進歩していく。
　ようするに、飯がまともに食えれば人は他のことをやりだす、ということである。
　そしてうまい飯になるほど、人は余計なことをしていく、ということでもある。
　話を変えよう。当たり前のことを言うようだが、現在メルンテーゼで起こっている一揆は世界全域で行われているわけではない。むしろその範囲は狭く、新王が住まう王城を取り囲むように、一揆衆は攻城戦を行っている。
　つまり、王城からひとたび離れれば、そこには闘争とは無縁のメルンテーゼがあるということだ。
　これもまた当たり前のことであるが、一揆に参加する人々は、常に戦っているわけではない。
　いや、中にはそういう者もいるだろうが、大抵の者はときには王城から離れ、戦いから距離を置くものだ。
　だから、今回する話は、

　戦う者たちの、休息の話だ。


　　　＊


　女三人寄れば姦しい。
　では三人以上集まれば、どうなるか。

　メルンテーゼの、王城とは別の城下町。
　数ある服屋の一件から、通りすがった者が振り返るほどの歓声があがった。
　タンポポ荘の住人、エシャロットとイグニである。
　そして、二人の視線の先には、いつものウェイトレス姿ではない、ポポロ・ダンドリオンがいる。

　同じくタンポポ荘の住人である、エリュテイアがそんなことを言う。
　——というより、よくよく見れば店内は、タンポポ荘の女性陣に占拠されていた。

　小首を傾げるクーリアの格好を、エリュテイアはまじまじと見る。

　無自覚って怖いな。

　その場にいる全員が首を傾げていると、隣の試着室のカーテンが開いた。

　——いや、心の準備が、ってちょ、待っ、
　嬉々とした表情でシャルロッテが、中にいたピアの手を引いて試着室から追い出す。

　何人かが、思わず感嘆の声をあげた。

　照れるピアの横で、ポポロがなにやらガクガクと震えていた。

　興奮の余り抱きつくポポロに、さらに顔を赤くするピア。
　それを見て、周りの者はおかしそうに笑う。見慣れたはずの光景も、なんだか久々な気がする。

　ポアはポポロを引きはがしながら答える。いつもとは違い、ピアは髪をひとつにまとめていて、それを留めているのはサイズこそ違うが、ポポロがいつも使っているものととてもよく似ていた。

　ポポロもまた、いつものツインテールとは違い、ピアと同じように髪をひとつにまとめている。いわゆるサイドポニーというやつだ。

　キャーキャーと騒ぐタンポポ荘女子組。
　そんな集団を、遠巻きに見ている者もいる。

　ロロムとマイラが、備え付けられた椅子に座って、お互い退屈そうに足をぶらぶらとさせている。
　すると、二人の背後から不気味な影が伸びてきた。

　一揆に参加している者は、危機察知も早い。
　目の前の難敵から逃走せんと、二人は猫のように背を丸めてその場から離脱しようとして——
　オトコのような大きな手に、捕まった。

　——彼女たちの無事を祈りたい。




　店の外では、騒がしい店内を眺める者もいる。

　はっきりとそう答える飴造を見て、アムフェイは呆れ顔。
　しかし、その口元は少しだけ緩んでいた。

　再び店内に戻ろう。よくもまあ飽きないと思うほど甲高い声はいまだ止む気配がない。
　そして、店員の愛想笑いもいよいよ引きつりはじめた頃、

　不意に、アムルがポポロと向かい合って、何か思い詰めたように話しかけた。

　そういえば自分も気になってた、と周囲の者も頷きながら、心配そうにポポロの言葉を待った。
　すると、ポポロは「なんだそんなことか」みたいな顔をして、

　は？

　突然、ピアがポポロに飛びかかった。そして何かを言いかけたポポロの口をものすごい勢いでふさぐ。ここまで感情を露にするピアは見たことがなく、住人たちは揃って目を丸くする。

　すげぇ誤魔化し笑いをするピアと、あやしすぎる笑みを浮かべるポポロだった。
　納得いかないという顔をする者もいたが、とにかくそういうことらしい。
　騒々しさは天井を知らず、店員のため息もまた、はるか彼方である。


　　　＊


　そして、帰路。

　そんな、それぞれの帰り道。
　ふと、並んで歩いていたピアの歩幅がじょじょに小さくなっていき、それに気づいたポポロもまた歩みを遅くする。
　気づけば、住人たちはずいぶんと先にいる。
　そして、ピアはこんなふうに切り出した。

　短い沈黙。ピアは一瞬だけ視線を逸らして、頬を掻く。

　ピアは乱暴にポポロの頭に手をおいて、ぐりぐりと撫でる。
　頭を抑えられたポポロはうつむいていて、そのときのピアの表情は見えなかった。

　——その言葉は、

　そのとき、先を歩いていた住人たちが、二人を呼んだ。

　ポポロはピアの先に立って走り出す。
　まったく、隣を歩きたいんじゃなかったのか——ピアはそう考えながら苦笑して、ポポロの後に続く。

　大はしゃぎで前を駆けていくポポロに追いつくのは、なかなか大変そうだ。ピアはまだ違和感のある服の感触を感じながら、熱のこもった足に力を入れる。さて、あの輪の中に、自分はどう声をかけて入っていこうか——。



　今日はいい一日だった。
　明日もまた、素晴らしい一日になるといい。

　——そして、走るための最初の一歩を、踏み出した。