時を少し巻き戻し、夏の昼。

水着姿のライネ・スパークルは、とある人物を探してビーチを歩いていた。
時折、突発的なビーチバレー大会に巻き込まれたり、
突然の波飛沫に驚いて思わず「きゃ」っと声をあげてみたり、
海の家で食べたヤキソバの価格が妙に高くて憤ったりしたものの、
何とか、目的の人物を探し出す。

目的の人物へ、なるべく平静を装って挨拶をする。
幸い、向こうもこちらの事を覚えていたようで、ライネは安堵の吐息をこぼした。
普段より涼しげな浴衣姿で、彼女は和やかな笑みを返す。

その人物の名は「薄荷老酒」
一揆参戦者の一人、ハッカローシュだ。
最近、一部の界隈で彼女の占いが噂になっているらしい。
最も彼女自身は、素人だと言い張っているそうだが。
それでも客が絶えないのは、珍しいもの好きな参戦者達の気質だろうか。

ライネも彼女に占ってもらうべく探していたのだが、それは別に他の連中のようなヤジウマ精神からではない。
彼は根本的に占いなど信じてはいないのだ。
そんなモノは女子供の遊びに過ぎない、何の根拠も無い口からデマカセではないか。
それでも今の彼は、魔法少女ライネ・スパークル——公式設定16歳の女の子。
もののずばりが女子供なのだ。ならば女子供の遊びにも興じなければならない。
全ては、より自然に参戦者達の中に溶け込み、より確実な情報収集の為だ。

そこで占ってくれる相手としてハッカローシュを選んだのは、
至極単純に、他に頼める相手が居ないからだった。
ライネはこれで中々のコミュ障である、知り合い——少ないのだ。

ともあれ、占いの申し出は快く聞き入れられ。
ライネは人生初の占いを体験する事になった——


——そしてほどなくして、己の浅はかさを思い知る事になる。


……………


………


…


両手の周りに並べられた無数の牌。
この牌から三つを選び、その内容で占うものらしい。
形式としてはタロットとやらに近そうだと思ったが、どちらにしてもライネにとっては初体験である。

メンコではなく牌である。あしからず。
ともかく、ぼやきながらも牌を指定する。
どうせ当たりはしないだろうが、それでも占うなら自分に関係のある事にしたい。
最近のライネはすこぶる身の危険を感じていた、何せ仕事が仕事である。
ついつい不安も顔に出ようってモンだ。

その不安顔をどう解釈したのか、ハッカローシュはにこやかに尋ねてきた。
慌てふためき、タジタジになるライネ。彼はその手の話に免疫が無い、まるでない。
この辺はまだまだ修行不足だなと、ライネは痛く痛感した。

そんなライネの顔を、ハッカローシュは楽しげに眺めている。
視線がむず痒い。

気を取り直して、ハッカローシュが指定した牌を手に取る。
その際に微かに触れた彼女の指先は、人とは違う硬質具合を有していた。
ライネの眉がピクリと揺れる。
ヒトあらざるモノ、それ自体はさほど珍しい事ではない。警戒すべきはヒトを越えたモノだ。
彼女がそうなのかは、今はまだ判断のしようが無い。
ふと、彼女の顔を確かめる。
ハッカローシュはそんな視線に気付かないのか、気付いていても気にしないのか、
取った牌を確かめて、静かに語りだす。

小さく漏れる溜息。
ハッカローシュはまぁまぁとなだめる様に、次の牌を手に取る。

二つ目の牌は未来を暗示するものだったか。
この稼業を続けていれば、怪我ぐらいは当然の如く付き纏う。
今更軽い怪我に恐れる彼では無い。
けれど——

こくりと頷き、ハッカローシュは三つ目の牌を手に取った。
その牌を目にした途端、彼女の動きが微かに止まる。
それは僅かな時間だったが、それゆえに奇妙な間ではあった。

改めて手にした牌を確認する。
その時には微かな違和感を消し去り、普段通りの彼女の姿があった。
そして厳かな口調で語りだす。

三つ目、対処方法を暗示したその牌に、ライネは少なからず衝撃を受けた。
彼にとって「裏切り」は決して縁遠い言葉ではない。
むしろ、彼の隣に常に寄り添っている身近な言葉だ。

ライネ・スパークル。黒閃の雷蛇ことラインは、断罪執行官だ。
王に仇名す反逆者を粛清する者。
すなわち、彼の仕事は王を裏切った者への制裁である。
それは今も変わらない。
王を裏切り一揆を企てる参戦者達。
目の前の彼女も含めたその全員が、彼にとって執行の対象となるのだ。

そして彼自身も、偽りの自分が作り上げた偽りの交友を、裏切り続けている。
今、この瞬間も。
彼は裏切り、裏切られているのだ。

しかし、一つ腑に落ちない。

考えるまでも無く浮かんできた。
我らが王と、我らが組織、そして——

——ブンブンと激しく首を振る。
女装を強要する変態染みたボスのニヤけ顔が浮かんできたが、何だか悔しかったの思考から排除する。
しかし、ボスを抜きにしても、それらを裏切るなど自分には考えも及ばない。
何より自分自身が知っていた。
それらを裏切る事は、すなわち——死を意味すると。

——ありえない。

ライネの口から素っ頓狂な声が漏れた。
顔にもありありと驚愕が浮かんでいる。

ハッカローシュは何気ない口調で言っているが、ライネはその内心に滂沱の汗をかいていた。
この女は何者だ——？

人が沢山居る所には近づかない方が良い、そんな事は言われるまでも無く理解していた。
自分は——黒閃の雷蛇は、この暫く後に賞金首として手配されるだろう。
そんな自分がわざわざ人目に付く街中をうろつく道理が無い。
例えライネ・スパークルとして変装していても、街へと踏み込むリスクは最小限に控えるべきだ。

……それを何故、この女が言い当てる？
知られているのか…？そんな筈は無い、まだ本格的に仕事を始めていない現時点でそれは無い。
だとしたら、知る由も無い事実を言い当てたのか、この占いで。

この時ライネは、己の浅はかさを酷く後悔していた。
何度も死戦を潜り抜けてきた己の勘が告げている、これ以上は危険だ——と。

精一杯取り繕った苦笑を浮かべるライネに対し、ハッカローシュも普段通りの笑みを返した。
やはり気付いている訳ではないのか、たまたま占いの結果が合致しただけなのか。
そう信じたい気持ちでいっぱいだ。
だが、過信は出来ない。

勢いのままにカップアイスを押し付けると、そそくさとその場を後にした。
差し出したカップアイスは、夏の熱気にやられたのか…それともライネの心情を察してか、すっかり溶けかけていたが。
唐突に去り行くライネを前に、多少の不信感は抱かれるかもしれない。

それでも、このまま話し続けるよりはマシだと判断した。
まるで、あの目に全てを見透かされているような、そんな気にすらさせるのだ。
ハッカローシュという存在は。

不意にライネの叫びと共に胸板を突き飛ばされ、面を食らいながらたたらを踏む。
組み付いていた訳でもなかったので、あっさりと離れたようだ。

いきなりの行動だったので、いまいち状況が理解出来ていない。
トシとしては、固まってしまったライネに人工呼吸で気付けを施そうとしただけだったのだが……
しかし。

『キスって、好きな人同士でするものだと思いますッ！！』

その一言が、トシの疑問をすべて払拭した。

説得に入ろうかと思った矢先……

トシの中で、先程の言葉がリフレインする。

『キスって、好きな人同士でするものだと思いますッ！！』

ふと、悪戯な笑みがトシからこぼれる。

そう言って、ウインクを一つ飛ばした。

貴方に話しかけた少女は貴方が女と告げられ逆に戸惑っているようだ

武器を用意し戦闘態勢に入った貴方を少女は少し距離を取りながらみつめていたが

そこで貴方の言葉に少女は言葉を止める

「キミじゃボクには勝てないんだ」

その言葉に少女は言葉を紡ぐのを止めたのだ

そう言って少女は独特のシルエットを持つ曲刀を二振り構える