魔法少女ライネ・スパークルは、出店が軒を連ねる通りをゆっくりと歩いていた。
ピンク色の浴衣を羽織り、いつものポニーテールを結い上げて。
手にしたリンゴ飴をペロペロと舐める。
その姿は、夏祭りを満喫する一人の男の娘に他ならない。

しかし、その顔には不可解な表情が浮かんでいた。
それもその筈だ、彼がここに居る理由は、祭りを満喫する為では決して無い——

——ライネは祭りを満喫していた。
それもその筈だ、これは彼が人生で初めて経験するお祭りだったのだ。
知らない食べ物や知らない遊戯、胸が躍らない訳がなかった。
それは、認めざるを得ない事実である。

いやしかし、改めて言うが、彼の目的は祭りを満喫する事ではない。

ふぅ—と、小さな溜息が漏れる。
いつの間にか、手にしていたリンゴ飴はすっかり無くなり、腹の中へと収まっていた。
彼にとっての初めての祭りは、そこで終わった。

——周囲の人々がざわつき始めた。
まもなく、祭りの締めとして花火が催されるらしい。
会場へ向けて、人の波が動き出す。

ライネはその波に流されること無く、その場に立ち尽くしていた。
去り行く人々の背中を眺める。
次から次へと、自分から遠ざかっていく人々。
それは、自分と彼らが決して相容れない存在であると、酷く明確に理解させる。
自分が、彼らと共に、彼らの向かう先へと歩いて行く事は、
……決して無いのだろう、と。

ライネは振り返る。
人の流れに逆らい、人とは違う道へと歩いていく。
人は次第に減り、やがて居なくなる。
それでもライネは歩き続けた。

深い森の中。
木々の合間から微かに映る、祭りの灯り。
けれどそれはもう、自分の元へは届かない。
深い森の、闇の中。
微かな月明かりだけが届いていた——


………。


するり——

浴衣がはだけ、肌が露出する。
引き締まった筋肉を纏った肩、背中、腰周り——
浴衣を脱ぎ、髪に挿していたカンザシも抜き取る。
結い上げた髪がほどけると同時に、そのポニーテールは髪を離れ地面へと落ちた。
夜風がなびき、蒸れた頭皮を涼めて行く。

ライネ・スパークル改め、黒閃の雷蛇、ライン。
彼は男の肢体を曝け出し、そっと地面に座り込んだ。
しかし、まだだ。
まだ完璧ではない。

サッと取り出すコットン紙と、液体が詰まった容器。
手早く準備を済ませると、顔を拭う。

すなわち、メイク落し。

それはとても、とても重要な作業である。

不安げに呟きながらメイクを落とす。
別に彼は、肌が荒れてブサイクになる事を懸念している訳ではない。
それにより、魔法少女ライネ・スパークルとしての諜報活動に支障をきたす事を懸念しているのだ。

若干ウキウキしながら、保湿パックを手に取った。
別に彼は、肌を綺麗に保って可愛くなりたいと望んでいる訳ではない。
それにより、魔法少女ライネ・スパークルとしての諜報活動が上手く進む事を期待しているのだ。
そうとも、そうに違いない。


ともあれ、決して蔑ろに出来ない大事な時間。
ラインは無心にその間を待った。
長くも無く、短くも無い。静寂が包む森に、遠く祭りの雑踏だけが響いてくる。


………。

ラインは、そっと立ち上がった。
保湿パックがはらりと剥がれ落ち、月明かりに肌が煌めく。
ラインはその場で着替え出した。
可愛げの欠片も無い衣装、実用性だけを重視した戦闘服。
自らの通り名の由来となった、黒い衣装。


ヒュ〜〜〜………———


祭りの会場から、一筋の光が夜の空へと放たれた。
ラインが漆黒のロングコートを纏うと同時に、それは頂点へと到達する。
夜空に浮かぶ丸い月を覆うように——


ドッ


巨大な炸裂音と共に、無数の火花が飛び散った。
最初の一発に用意された特大の花火は、夜の闇を照らし出し、その輝きは深い森すら包み込む。
花火の輝きに照らし出されたその森は、まるで——

そう、まるで——血塗られたかのように紅く染まった。

その色は奇しくも、ラインの瞳と同じ紅——
紅く染まる森の中を、ラインは歩き出す。
自らが歩むべき道を、自らがあるべき場所へと。

照らされるまでもなく、その瞳は既に紅く紅く染まっているのだから。

　　　　　　　コスチュームのイメージを少しも壊さない、それでいて夏の光を浴びてかわいい水着をみると楽しそうに言った。
　　　　　　　意外と広い肩幅であるとか、筋張った首筋であるとか、そういうのを見る様子も触れる様子もない。

　　　　　　　----

　　　　　　　不安げな顔を何をどうやって解釈したのかそのようなことを言い出しつつ、
　　　　　　　指の間に手を伸ばし、指定の牌をとる。少し触れたかもしれない指は硬質だ。