召喚による記憶混濁は有り得る。　それが私の結論だ。



召喚というものは謂わば転移術の応用であり、超える世界が遠ければ遠い程召喚者の体に付加がかかる事は召喚学問の中で既に解明が成されている。
同一箇所からの転移、大陸を跨ぐ転移、そして次元を跨ぐ別世界からの転移…
別世界への転移が困難とされているのはその転移対象物の負荷が著しく、またその対象物が大きければ大きいほど召喚者の魔力消費に繋がる。
故に私の世界の研究者達はおのおのの世界へ戻る為の転移研究に苦慮し
その膨大な質量転移をいかに犠牲少なく行うかに頭を抱えていた。

そもそもが「無かった」。　そもそも大陸レベルの、そして大量の生物の住まう大きなものを転移させる方法など。
しかしそんな中から元の世界と行き来出来る転移装置を作り出したという話を風の便りに聞いたものだが
恐らくそれ以上の物体を意図的に戻すにはまだ研究が必要であることだろう。


零落という男性と言を交わす折、「召喚酔い」について話す機会があった。
召喚酔い…なんてライトな言葉で纏められているが、要は世界へ順応出来ない召喚対象が
一時的に肉体に異常をきたすちょっとした適応障害の総称である。
船酔いに似たような症状から身体異常、そして精神障害
いずれも次元を超えた召喚によく見られるもので、世界に体が慣れきればじきに回復へ向かう。
私の記憶の曖昧さも「召喚酔い」に当て嵌まるものである。
凡そ私の周りに居る記憶の戻りきらない彼らもそういった何かしらの適応障害に遭っているのだと推測された。

記憶の障害とは不思議なものだ。　あちらでの生活がまるで夢を見ていたような
靄がかった思い出としてしか思い出せない。
それでも鮮明になる部分は次第にあり、私が私であること、過去の思い出
人との邂逅は徐々にこれだ、これであったと実感に至った事も少なくはない。
一旦途切れたシナプスが繋がり直す感覚というか、現実と合わさり改めて思い出す感覚というか。

召喚による記憶混濁は有り得る。思い出せる事がある限りは。
…そう、ただ私にとってそれが例外であるといえば、この手の怪我と
いつまでも靄どころかまったく思い出せない事がある事だろうか。





その中で、一つまた思い出した事があった。

私は転送装置などを使用して此処にやってきた訳ではないということだ。
私には召喚者がいる。そして私はその人物と一度邂逅している。
私は問われ、そして答えた。　私は彼の為に動いている。　彼の命を果たさねばなるまい。
すれば私の望むものを得ることが出来る、私はその褒美の為に動く彼の駒である。

何を望んのかは覚えてはいない。
でも、それはとても必要なことで、その為には何を押しても存在し続けなければならないのだと。


「人の手を借りるも借りぬも君の自由だ。
　けれど君は君の世界に戻らねばならない事を忘れてはならない。
　君は君の「今」を忘れてしまうかもしれないけれど、元の世界に帰る事だけは何よりの定められた未来だ。
　それは必ずしも君の悲観すべき未来ではない。だが喜ぶべき結果でもない。
　ただ、召喚した者としてこれだけは君に進言しよう。
　この世界での事に、出会う人に深入りしてはいけない。君の深い所を許してはならない。
　君から受け取ったこの願いが、全て終わった時にかなえられるとする限り
　いずれ何らかの形で別れは来るから。」

小さく舌打ちをし、立ちふさがる一人の人物を伏せた視線の端に捉えていた。

不機嫌そうに大鉈・濠白波を砂地へ放り出すと、様子を伺うように腕を組んだ。
ズシリという重音と共に乾いた地表へ、金属がめり込み小さな亀裂を作る。

そしてその場に自らの獲物を置いたまま、一歩前進した。

ぶんぶん頷いて同意しているが、何かをごまかしているように見える。

眼前に立ちはだかる人影を今にも貫きそうな視線でじっと見つめる。

背中に斬一文字を背負った白の一張羅の左肩を掴み、背後へと投げ捨てる。

やや厚手の重みを持った生地が、地面に付いたか付かぬかの処で
身の丈六尺二寸の男の背中から、腕の可動とともに、
　大鉈「濠白波」　が大きく弧を描き姿を現したかと思うと…

刃こぼれなど全く気にしない激しい衝撃が、地表の石を蹴散らした。