──月日が流れるのは早いもので。

　気付けば、クリスマスというものが迫ってきていた。
　娘となったクローシェと共に年を越すのは、今年で二回目となる。
　よくよく考えなくとも、昨年の今頃はファルクレイの様子や諸々の事情で大して落ち着いて過ごせなかった。
　では今年は落ち着いているのかといえば、そんなことは無かった。


　フォルカーの心情としては、他所の世界で繰り広げられる馬鹿げた騒ぎに何時までも付き合うなどは御免だ。
　ましてやそれが長期間に渡ることも、危険が伴うにも関わらず子供を連れてきてしまった事も、果てはその子供が何度も危険な目に合った事も。
　決して些細ではない、様々な要因が重なり──フォルカーの苛立ちとも焦りともいえる感情からくる疲れは、日に日に募っていた。

　その感情のせいか度々、気を抜いてしまう事が多くなった気がする。
　例えば──移動の際に、ファルクレイの上で居眠りして落ちそうになったり。またある時は夕食を作る際、調味料を間違えそうになったり。という具合である。
　だが、共に行動している中では(人外の相手を除き)年長であることもあり、気を緩ませる暇は殆ど存在していなかった。


「ごしゅじんさま！　ごしゅじんさま！」
　高い子供の声と、同時に訪れた脚を引っ張られる感触。 何事かと思い、作業をしていた手を止める。座っているものの、手元よりさらに視線を下ろすと……スボンの裾を爪で引っ掛けながら、こちらを見上げる双眸があった。
「どうした？　チビ」
「おもちゃこわれたの！」
　まん丸い硝子の珠のような瞳のチビは、獣らしからぬ言葉をフォルカーに告げる。
　白に黒の縞が入った毛並みは、小さいながら虎のそれだが、言葉を話すこともあり到底獣としての扱いをする気にもなれない。
「おもちゃ？」
「かんでたらこわれた！」
　今もそうだ。意志の疎通を図ろうと、チビの言うおもちゃ──小さな虎の横に置かれているものに目を向ける。
　成程、壊れたとはこのことか。チビの隣に置かれた小さなくまのぬいぐるみは、胴と頭の間にある繋ぎ目から綿が無残に飛び出していた。
　持ち上げるとくまの頭はぶらりと垂れ下がり、大きな手でそれを元の位置に戻したフォルカーは溜息と共に言葉を吐いた。
「……噛み過ぎたな」
　縫い目をもっと頑丈にしておけばよかった。などと内心思うが、こうなってしまった以上は仕方無い。修復するときに行えばよい。ただ、取り掛かる時間を考慮してしまう。
　そう考えている間、無言で頭の取れかけたぬいぐるみを睨んでいるように見えたのだろう。チビがにゃあ、と小さい声で鳴いたところでフォルカーは慌てて顔を上げた。
「ごめんなさい……」
「怒ってないから、気にするな」
　背を曲げ、しょげたチビの頭を撫でてやると小さな尻尾がピンと垂直に立つ。それを見て苦笑を浮かべながら、フォルカーは肩を竦めた。
「ほら、コイツは暇を見つけて治してやるから……お前はクローシェと遊んでおいで」
「うん！」
　言うが早いか、尻尾をピンと立てたチビは踵を返し走ってゆく。チビ自身にとっては全速力のつもりなのだろうが、脚がもつれないように走る様は、見ていて可愛らしいものだと思った。

　チビが走って行く先に待っていたクローシェと目が合い、軽く微笑み片手を上げる。
　さして大声でも無いが「おとうさんもあそぼう」と、微かな声がフォルカーの耳に届いた。
　上げた手を下ろし首を振ると、クローシェも分かったのかチビが走り寄った後に手を振り去っていった。


「なあ」
　二人を見送った後で、振り返らずにフォルカーは声を掛けた。
「間に合うと思うか？」
　遅れて返事替わりに、背後から鼻を鳴らす音が聞こえる。続いて「さあ」という低い男の声。
「俺に聞かれても、知りませんよ」
　後ろの存在に背中を預けると、もう一度鼻を鳴らされた。
　どうやら昼寝をしていたところ、チビに起こされて不機嫌のようだ。
　三百年余りを生きる存在にしては、チビに対して拗ねているファルクレイを見て可愛らしいと思う。だがフォルカーがそれを口にすれば、不機嫌さが更に増すだろう。
　代わりに、手を後ろに回し軽く撫でてやった。
　フォルカーはそれ以上の事はせず、ファルクレイもただ黙っている。
「まあ、間に合わせるさ」
　そう言って溜息を吐いた後、フォルカーは手元に視線を下ろした。
　編みかけの毛糸は可愛らしい桃色で、きっと娘には似合うだろう。特別な事はしてやれないが、年が終わる頃には間に合わせてやろうと……再び静かに編み始めた。

ウィルトは　ふあんそうだ