みゃあ、と鳴いた声には親を呼ぶ必死さがあった。
　猫にしては短い足と虎にしては短い胴で、小さな生き物が精一杯に跳ねて来る。
　前のめりになり過ぎて転びそうなその生き物を、クローシェは両手を広げて受け止めた。とはいえ彼女の身体は軽い。そのままひっくり返って脇腹へ突っ込んで来るものだから、ファルクレイは小さく溜息をついた。
　猫のような虎はごろごろ喉を鳴らしてクローシェに甘えていたが、重さという点でふたりの大きさは然程変わらない。挙句虎の身体はヒトより早く成長するのだから、そろそろ力加減を教えなくてはクローシェが一方的に怪我をするだろう。
　——犬の躾はなんとかできる。群れで暮らす生き物だから、上下関係を叩き込んでやればどうとでもなるのだ。けれども虎は群れを作らない。
　どう躾ければよいだろう、と悩み始めた頃合いに、とんと首筋を叩かれた。釣られて目線を動かせば、ひどく申し訳なさそうな顔をしたフォルカーがいる。
「手間を掛けた」
「別に」
　何のことかと問うまでも無かった。
　フォルカーはひとつうなずいてから、脚甲を外してクローシェを呼ぶ。
　けれどもクローシェがフォルカーの元へと一直線に駆けて来るようなことはない。何せ彼女の上にはチビが陣取って、顔中をべろべろ舐め回している。
　こら、と声を上げたフォルカーが慌てて引き剥がしたから良かったものの、下手をしたらそのままじゃれついている心算で噛みつかれていたことだろう。
　不満気にみゃあと鳴いたチビは、それでもすぐにクローシェを諦め、あるじの大きな手に額を擦り付けた。
「ぼくのだよ」
　そう言いながら、チビはファルクレイの眼前に降ろされる。鼻先を掠めたフォルカーの手からは、確かにチビの匂いがした。
　チビは見せつけるようにつんと尾を立て、自慢げに喉を鳴らして見せる。
　そんな彼自身の身体からは、微かに花の匂いがした。

　庭園のものではなく、恐らくは、この世のどこにも存在しない花の匂いだ。
　どこで付けてきたのかは大体見当が付く。
　あのこははなのにおいがするのだ——と、あるじに語ったのは、何日前のことであったか。

ウィルトは　ふあんそうだ