「こいつぁちょっと考えもんかもねぇ・・・・・ひとまず退却といきますかぁ！！」

緑髪の兵士、恐らく隊長クラスの男がこちらの攻撃を躱すと同時に、身体を反転させる。
強引な回避だ。
この様な動きに捩じる鎧が、ギギギッと小さな金属音と破片を散らす。
その侭、眼帯の兵士は、口許に笑みを浮かべたまま形振り構わず走り去ってしまった。

「へぇ……」

思わず感心する程のスピードで。
追撃なども思う暇なく、潔く。
姿が見えなくなり、周囲を探っても兵士たちは既に撤退したようだ。
構えを取る必要もなく、息をつきながら姿勢を戻すと。

≪お早う御座います義兄さん。来ましたよ。
あぁそちらはもう午後でしたね。申し訳ございません、日夜デスクワークなどしていると、どうも体内感覚が狂ってしましまして。全く。こう日の光も浴びずに自堕落な生活を続けていくと、一日一日が発狂しそうな程穏やかに過ぎていきますね。しかし今日は弟子の独り言からピコーンってきましたよピコーンと≫

胸元から洩れる声は義弟のものだと認識してから、遥か下へと落ちているのかとカーフェイネスは身体に当る風から予想を立てた。

朗々と放たれる言葉が遥か上空に流れていくのを感じる、ああやっぱり、と彼の予想は確信に変わった。

……来ましたっていうあたりかな

パカリと空いた地面の中に吸い込まれ、トンネル状となっている道をさながらジェットコースター並の勢いで落下していく。
人間、急な事に対応しきれない時は混乱を通り越して冷静になれるるものだ。
ああ、若干諦めも入ってるかもしれない、と落下しながらも落ちてしまった瞬間を推測する自分も、中々余裕があるなと他人事の様に感じられるが。

≪弟子は知っての通り、動物好きでしてね。小さな子にもそれなりに面倒を見る、使い勝手が良いと評判の子で。そんな中、あるとき兎の話をしてくれたのですよ。相手をした子どもの一人が歌っていた歌で。耳で歩く兎の話を聞いたんですが、ふと作ってみたくなりまして≫

どういう歌か想像できないけど、民話が移ろって継がれた歌なのだろうか。
奇天烈な歌だなと思う。

≪歩行筋肉を耳に入れたんですが、バランスを取る為に胴体を切除したんですよ。これがどうも、動いてくれまくて。ましてや立つこともままならないんですよね≫

「……ええと、死んでるからね」

≪えぇえぇ、そう思って生命具を錬金して歩けるようにしたんですが……それを見てからどうも弟子が部屋に引きこもってしまって。しかも扉の前にゴーレムを置いてしまったんですよ。目が合えば殺さんばかりの視線で見てくるし。禄に会えもしないとは、何と嘆かわしいことだと思いませんか！？≫

「うん、セラ。まず僕に嘆くことより、何とか彼女に謝りに行こう」

落下しながらも、律儀に答えていく。
カーフェイネスはこの自分の状況を打破するために、義弟の悩みを早く解決しようと考えていった。


3分位、落下。

≪ああ義兄さんに相談して良かった。今度、また弟子としっかりと向き合いながら今後も良い師弟として歩み寄っていきたいと思います≫

「そうだね。うん、それが良いよ。君達は僕にとって日頃お世話になりっぱなしだからね。周りの人たちや僕で相談できることばあれば、少しでも話してくれると良いな」

≪ありがとうございます。……弟子というのも中々難しいものですね≫

先程とはうって変わり、ふっと小さく、無意識に零れた様な声が聞こえた。
彼の方も無意識だったのだろう。それを言った後、慌てて咳払いをした。

≪さて、義兄さん。始めに言った通り、こちらの捜査網の中にあれ等の中枢核となるモノが引っかかりました。この回廊はその本体の所へと直接繋げていますので、この道が途切れた瞬間、鉢合わせすることになるでしょう≫

「時間とか、大丈夫？結構落ちてるけど、着いた瞬間、別の場所へ逃げられることは？」

≪この回廊に時間など有りもしませんよ。あちらの転移については楔は残しておかないといけませんので……≫

遥か下に目を向ける。
まだこれの終わりは来ない様だ。

≪そこはこちらで。目視で全て潰します≫

「頼もしいね。バックアップは任せたよ」

≪えぇ、義兄さんも。そうそう、頃合いを見計らって、これを使うことも忘れずに≫

目の前に光の玉が浮かび上がる。
一瞬で顕現したそれ。大人の拳程の大きさで落下するスピードに合わせながら光の玉は、ボロボロと上へ上へと光の粒をぼろぼろと零していった。
思わず目を細め、光が剥がれ落ちる様を見やる。
それは一瞬で現れた。
木の箱だ。
木目の表面から年輪が浮かび上がっている部分もあれば、丁寧に加工した木材だと分かる部分もある。
表面に見える部分の装飾には手を掛けてはいないのか、敢えてそういう風に作ったのかわ分からないが。
そういった木の板を組み合わせて、四角形の、丁度片手に持てる大きさの、木の箱があった。
ただ、カーフェイネスの目から見て、その箱には一つ違和感を覚えるだろう。
蓋が無いのだ。
何かを詰める為の唯一の場所が。箱と成るべくして成る為の、物が。
だがそう思う前に、カーフェイネスはそれを掴み、懐へとしまい込む。

≪古き別世界の良質の素材から作りました。特別にしつらえた箱ですよ。無暗に触らせないで下さいね≫

「これを使えばいいんだね」

≪はい。使うタイミングは義兄さんに任せます。まぁ今から向かう所には……量と質共に、最適な骸がいますからね。では、そろそろ向かいましょうか≫

「うん。頼む」

≪それではご武運を。願わくば、貴方が再び狂いたる福音を得られ、祝福な日々が訪れますように≫

ブツリッと会話が途切れたのと、視界が一気に広がる。
身に受ける風が止んだのと、トンネルの道が周囲から消え去ったのだ。
その瞬間、カーフェイネスはホール状となっている壁へと激突した。

刀を持つ手に力を込め

雪乃「…この快適な涼しさは…もしかして…」

*何かを発見して嬉しそうだ*

　——しっぽがふらふら揺れている。