「長かったぞ……貴様をここまで追い詰めるのに、どれだけの犠牲と時間を費やしたか。
　　多くの仲間が、復讐と希望を俺達に託して、そして散っていった……！」

　「ファファファ……
　　それもまた無駄な足掻きであったと、いずれ誰もが知る事になろうて。
　　儂がうぬらをここまで呼び込んだのは、単に邪魔なネズミ共を一網打尽にせんが為よ。
　　残るはうぬ一人のようじゃなぁ？」

　「その驕りが──貴様の落日への道だッ！　ヴォーゲン！」


　銀閃の軌跡をその場に残して、神速の踏み込みからの斬撃が抜き放たれる。
　蒼い戦闘服に身を包んだ見目麗しい青年は、しかし必殺の気迫に溢れた鬼気迫る表情のまま一気に眼前の老人へと袈裟斬りを叩き込んだ。

　が──灰色の法衣を地面に引きずり、足腰すら覚束なげなその老人の顔には、じっとりと不快な笑みが貼り付いたまま。
　それは紛れも無い嘲笑であり……そして同時に、邪魔な害虫を見つめる者のそれでもあった。


　がしゅっ！　と軽やかな音を立てて、老人の肩から脇腹にかけての部分が、左腕ごと宙に吹き飛ぶ。
　斬撃よりも峻烈な青年の眼光に晒され、上半身の半ばごと片腕を落とされて──なお、老人の笑みが消えることは無かった。


　「学ばぬ輩よのぉ……ほぅれ、儂は痛くも痒くもないぞい」


　残った右腕を、緩慢に伸ばす老人──
　と、片刃の長剣による一閃を放ったばかりの青年が、転がるようにステップを踏んで老人の脇を抜け、背後に回って距離を取る。
　前転から即立ち上がり、さらに一回の跳躍から反転。およそ4ｍほどの間合いで、剣を斜後ろに構えて向き直った。


　「……？　何じゃ、もう終わりかの。
　　気が済んだのなら、改めて儂から──」

　「あいつが殺られた時と同じ手は、食わないさ。もう……逃げ場は、与えない。
　　貴様には！」


　青年と老人の視界が、真っ赤に染まる。
　爆音と熱風は、その後少し遅れてやってきた。

　二人の立つ石造りの塔──苔生した古城の上層から連なった重厚な造りの足場から、四方に広がる自然と、城下の素朴な町並みが見渡せる。
　否。彼らが剣を交える、その少し前までは、見渡せた。
　先程から、城下の街一帯は……そこから連なる森も、山も、街道も──何もかもが、燃えていた。
　古城だけが、ごうごうと燃え盛る炎を避けるように、静かに赤々と照らされて佇んでいたが……それも、たった今、破られた。

　大量の火薬でも破裂したものか、古城そのものがぐらぐらと揺らぐほどの衝撃とともに、それまで遠巻きに上がるだけだった炎の熱気が、城すべてを包み込み始める。
　基礎部分の方々から火の波が広がっていき、もはや尋常な手段で城の上層からそれを避けて脱出する術も見当たらぬ。
　無論、仮に脱出できたとしても、城下に広がり街をも呑み込みつつある炎からも逃れなくてはならず、それは極めて至難であったろうが。


　爆風に打たれ、青年も老人も大きくよろめく。
　初めて、老人の様子に焦りの色が混じった。


　「ば……馬鹿めが！　この城の下層すべてを吹き飛ばしおったのか！？
　　そんな事をすればどうなるか、赤子でも容易に判ろうものを……ッ」

　「判るとも──
　　貴様だけは、もう逃がさん。道連れにしてでも、ここで滅ぼす」

　「戯けめがッ！
　　城の地下にいた人質どもは、もはやこの様子では助かるまい。いや、すでにこの爆発では肉片も残らぬか！
　　人助けのためとのたまっておきながら、よくもこれ程の愚劣な真似を──」

　「街の人々をことごとく『人形』に作り変えて殺した貴様がッ！
　　領主の一族郎党を人質にして裁きの手から逃れようとしたのみならず、その人質をことごとく拷問にかけて廃人に化せしめた貴様がッッ！
　　今さら人殺しの罪を、悪を、俺に説くとはなッッ！！」


　青年の握る剣の柄から、赤いものが滴のように垂れ落ちる。ぽた、ぽた、と。
　それまでに負傷した傷なのか、はたまた──激情を握り込んで手の皮さえ裂けるほどの怒りを、そこに積み上げていたものか。


　「……っちィ……
　　抜け目ない若造が……ッ。すでに地下牢に潜り込んでおったかッ」

　「貴様が殺した人の数──もはや数え切れん。
　　数を数えているだけで、俺達の頭がどうにかなりそうなくらいにな……
　　だが、これで最後だ。これで、今日で──終わる」

　「ファファファ！
　　無駄だと言うておる。この儂をどれだけ切り刻もうと、儂は不死身不滅の“人形使い”よ。
　　すでに完成したこの『煉獄』てせ、息絶えるのはうぬだけじゃ──」


　肩口から先を切り飛ばされていながら、血の一滴も流さずに平然と哄笑する老人。
　だが、それに対して驚きひとつ浮かべることはなく──青年は、剣を構えたのとは逆の手で、懐から無造作に何かを握り出した。
　天井高く、それを放り投げ──宙を舞った、銀色に光る金属球を目にした老人の顔色が、さっと変わった。


　「！　なッ──まさか、光の封い──」

　「滅びろ！　“人形使い”ヴォーゲンッッッ！！」


　血相を変えた老人が、予備動作無しで残像を残す程の跳躍を見せる。瞬時にして、空中の金属球に迫り、手を伸ばし──
　だが、それよりも早く。

　青年の投げ放った剣が、一直線に金属球を刺し貫いていた。


　「し、しまっ──」


　まるで落雷にも似た衝撃と閃光が、塔の最上層の一角を白く染める。
　全てが砕け散るような轟音は、その後少し遅れて、周囲一帯に響き、谺した。
　僅かにそれを追うかのように──断末魔の声が、辺り一帯に響き渡っていく。

　燃え落ちる城から、
　火の粉舞う森から、
　焼け崩れる街並みから、
　多くの人々が無残に倒れ伏す街道から、

　──老人の断末魔が、一斉に──。





　「墓碑に刻む言葉はあるか。
　　あれば聞いてやる。ヴォーゲン」


　廃墟と化した古城跡。
　昇り始めた朝日が、炎の残滓たる白煙をたなびかせる廃墟を、寒々しく照らす。
　周辺の森も、その先に広がる街も、そこから伸びる街道も──すべて炎の洗礼を受け、くすぶる。
　人の気配はおろか、生き物の蠢く風すら、ない。何もかも、死に絶えてしまったがごとく。
　まるで、地獄が顕現したかのごとくに──


　『……あ、り得ン……儂が……こンナ……
　　埋め込ンダ……端末……ガ……ひとツ、残らズ……』


　ぺきり。
　そんな軽い音を立てて、白く濁った拳大の球体が、ヒビ割れて二つに砕け、転がる。
　砂を削って発していたような耳障りな声が途切れ途切れに聞こえていたが、それもぱたりと止んだ。

　崩れ果てた石壁。
　その積み上がった瓦礫のひとつに、蒼い戦闘服を着た青年が座り込んでいた。
　今しがた砕けた球体のすぐそば──二、三歩ほど歩み寄ればひょいと欠片を拾えるくらいの距離。

　だが、それは不可能であった。
　青年にはもはや両脚は膝から無く、両腕も手首から先が左右ともに失せている。
　顔だけが、煤にまみれてはいても完全な形を保っているのが、むしろ滑稽な程ではあった。


　「まぁ……俺も、自分の墓碑すら刻めん有様だ。
　　貴様の墓の心配をする余裕はないが、な……」


　青年は、しかし、負傷の様子をそれほど感じさせぬ風で、ごろりと廃墟の地面へ降り立った。
　四肢の先が存在しない状態が、まるで当然であるかのように、器用に地を這い進む。
　砕けた球体のことなど忘れ去ったかのように、その這い進む姿が燃えくすぶる森へと消えていくまで、さほどの時間はかからなかった。



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　「──こうして、すべての事件の黒幕である、わるーい魔法使いのお爺さんは。
　　家族と手足を奪われながらも、復讐の旅を続けた若き廃王子の正義の剣によって。
　　苦難多き長い旅の果てに、倒れていった仲間たちの遺志を無にすることなく。
　　みごとに、その野望を阻まれて打ち倒されたのでありましたー。
　　まる♪」


　夕食後、何を思ったのかおもむろに（どこかからか）紙芝居を取り出して一席ぶった“人形使い”。
　よくある貴種流離譚からのヒロイックストーリーで、やたら細部のディテールが凝っている他は大した見どころもない話ではあった。


　「……なぁ、出てきた登場人物の固有名詞が部分的にどっか聞いたことある名前だったンだが。
　　それフィクションだよな？　実在の人物や事件には関係ないよな？」

　「うふふ。
　　本日のお芝居はこれまでですわ──続きはWebで♪」

　「もうどこから突っ込めばいいのかわからねぇよ」

マリナは深呼吸をして、落ち着きを取り戻した。
　

人形使いから小箱を受け取り、くるりと回転させて眺める。
　

カチリ、と音を立て小箱の上面がスライドして開く。
中には装飾も何もない、木製の簡素なマリオネットが収められていた。
　

和やかな雰囲気になりかけたとき、マリナの後ろから邪魔が入った。
声をあげたのは緑色の髪の少女……まあゆ。