(※今回も番外編となります)

「——そういえば……」
不意にアルネスさんがぽつりと私に向かって呟いた。
「そういえば、何？」
別にスルーしても良かったのだが、
特にやる事もなく暇だったのもあり、
彼女が何を考えて呟いたのか、
問いただすことにした。
すると——
「あ、うん。
　いや、なんでもない。」
だが、
私に聞かれたことで、
何を考えてたか良く分からないが、
よほどつまらないことだったのだろうか、
なんでもないといって話を断ち切ろうとしてきたので……
「あら、聞いてしまった以上、
　このまま話を断ち切るなんて許さないわ。
　さ、早くいってみなさい。
　実に暇なのよ。」
逃げられないような状況に持ち込む。
こんな一言で逃げれない状況になるあたり、
信頼関係は大切だと思う。
「……最後の暇っていうのが本音だよね？
　まぁ、うん……
　かといって話さないと後になって何か怖いからいうけど、
　怒らないでね。
　つまらないことだし。
　えっと、魅月さんは死なないって事だけど、
　マグマの火口に落ちたりしたら流石に死ぬんじゃないかな、
　って思うんだけど、
　実際の所どうなの？」
「マグマに落ちても死なないでしょうね。
　多分焼かれながら死に続けるんじゃないかしら。
　——まぁ、暫く焼けた後、
　普通に戻ってくるわよ。
　試した事はないけど。」
「……えっと、それじゃあ……」
「——手足縛られてセメントで固められて海に捨てられたことはあるわよ。
　あれは中々きつかったわね。
　だからこそ、
　死に続けてもどうせ戻ってくるというのが分かったのだけど。
　——塵一つ残さず消滅しても、
　気づいたら蘇っていたなんてこともあったし。」
「なるほど。
　疑問解決したし、そろそろ……」
答えをいうとそそくさと立ち去ろうとするアルネスさん。
どうせ、
私のこの後昔話が怖いから聞きたくないとかいう理由だろうので、
遠慮なく逃がさない事を決める。
暇をしているし、
反応が面白いから当たり前である。
しっかりと私はアルネスさんの肩を掴み——
「あら、折角だから、
　海に捨てられた時の話をしてあげるわ。
　——ちょうど暇つぶしにもいいから、ね。」
にっこりと笑いかけて告げる。
その顔をみて、
がっくりと諦めの表情を浮かべるアルネスさん。
——さ、お話を始めましょうか。

夜の街というものは、
様々な顔を見せる。
夜の闇が全てを覆い隠すように、
その他の闇もまた集まりやすいからだろうか。
街灯がともり、
夜に明るさがもたらされてもそれは変わらない、
否、
街の明かりが明るければ明るいほどに、
闇もまた、深く濃くなっていく。
太陽が全てを照らす事など出来はしないように。
私がその出来事に巻き込まれたのは偶然であり必然だった。
私はどんな闇も怖くないが故に、
暗い闇の中へと昼の照らされた道を歩むが如く踏み入れるのだから。
闇に潜んだ闇に出会う。
当然といえば当然の出来事。
だが——
「まぁ、ここまでタイミングが悪いと笑えるわね。」
クスリと笑い、
己の間の悪さに内心苦笑し、
独り言をもらす。
私が目撃したのは、
男達が金の入ったトランクケースと、
白い粉の入ったトランクケースの中身を確認していた瞬間。
見張りらしき男がいたので、
好奇心がうずき、
見張りが声をあげる前にを無力化させて
何があるのかと奥を覗き込んだ瞬間がこのタイミングである。
我ながらなんと間の悪い。
私が独り言を呟いた次の瞬間、
ガツンとした頭を走る衝撃に身体が崩れ落ち、
意識が途絶えて行く。
まぁ、当然だろう。
——こんな瞬間を目撃した人間を放置しておく訳にはいかない。
どこから漏れるかも分からないのだ。
向かう結末は死以外にはないだろう。
ああ、
なんて間の悪い。
私が、ではなく……
男達にとってである。
なぜなら私は覚えたから。
彼らの姿を、
彼らの顔を。
そして、どんなに姿形を変えたとしても、
見間違うことはない。
何故なら——

気がつけば、私はドラム缶の中にいた。
「ん……」
声を出してみると男がこちらを覗き込んでいる。
当然というべきか、
あの取引現場にいた男の一人だ。
猿轡をかまされ、
喋れない私に男は私に語りかける。
「気づいたか。
　そのまま気絶してれば痛い思いをせずにすんだのになぁ。
　あれを見られたからには生かしておけない。
　——楽しんでからってのも考えたが、
　一刻も早く消さないと、
　何が起きるかわからねぇからなぁ。
　お前があの現場を見てしまったようになぁ。
　……それじゃ、さよならだ。
　怨むんなら自分自身を怨みな。
　アレを見なければ何事もなかったのにさ。」
男が懐から取り出した銃で私の頭を撃つ。
薄れ行く意識の中、
コンクリートが私の身体を覆いつくしていくのを見ながら私は死んだ。

——何も見えない、苦しい。
何も聞こえない。
気を取り戻しては死ぬ、
気を取り戻しては死ぬの無限の繰り返し。
苦にならないかといわれれば、
苦にはなると答えるが、
それでも私には最早なれたもの。
もたらされるものが霊ではなく別のものだというだけの差異。
このまま永劫にこの状態が続くと思われたが、
永劫に続くものではなかった。
たとえもし成功したとしても、
これでは私を殺しきれない、
私が苦しみ続けるだけだと思い選ばなかった方法。
しかし、それでもなお、
私を封じ込める事すら出来はしないらしい。
私を襲う霊が、私を襲う為に……
封じ込めた檻を破壊していく。
内側と外側から、
霊だけでなく、
私を縛り付ける鎖までもが。
やがて、檻が壊され、
私は海水によって殺される。
殺される。
殺される。
何度も何度も殺される。
殺されながら、潮の流れが私を運んでいく。
この海の底ではないどこかへと——

気がついた時、私は見知らぬ海岸にいた。
「……時間と場所の確認が必要ね。
　……でも……」
ぼろぼろでずぶぬれの服装に、
連絡手段はない。
人目につくのは不味い状況。
「まずは服装とかをどうにかしないといけないわね。
　さて、どうしようかしら。
　——現在地を確認して頼れる所に行きましょう。
　各地にその為の場所はあるのだし。
　誰かに出会ったらその人に協力をお願いするのもいいわね。
　ともあれ、
　出来るだけ人目につかなければそれでいい。
　それから報復するとしましょうか。
　——たっぷりと恐怖を与えてあげないとね。
　今までいい思いをしてきた分、たっぷりとね。」
人目につかない場所へと移動しながら、
これからについて想いを馳せる。
法で裁くことは恐らくは出来ないだろう。
小娘の言う事だけでどうにかなるわけがない。
ならば、
私自身の手で報復する必要がある。
幸いにも、
政府側は私に対して特に文句はいってこないだろう。
もし、白い粉で設けている奴がいたとしても、
それごと葬ってしまえばいい。
証拠はない。
だが、私が見た。
そしてそれを報告して、
報復をすると宣言する。
それだけで私の義務は十分なのである。
私は決して正義の味方でも善人でもない。
ましてや……
法を厳格に守る側の人間でもない。
私が守るのは私の中のルールのみ。
私は私の敵を叩きのめすというルールを。
——私も相手も法の外にいる人間。
誰にも止められる理由も、
止める事も出来はしない。
唯一つ方法があるとすれば、
私が何かする前にそいつらを捕まえて、
適正な裁きを受けさせることだが……
「——全く期待できないのよね。
　本当に、タイミングも間も悪いわね。
　私があの場にいあわせるなんて。
　だけど、すんでしまった事は仕方ないわよね。」
歩みを進める。
ゆっくりといこう。
私にはたっぷりと時間があるのだから——


どうしてこうなった。
どうしてこうなった。
どうしてこうなった。
何度もそんな言葉が脳裏を過ぎる。
考えがまとまらない。
はっきり言おう。
俺は混乱していた。
次々と組の構成員が死んでいく現状に。
兵隊だけではなく幹部までも。
それも全員が黒髪の女の亡霊をみたといって発狂し、
死んでいった。
あるものは事故死、
あるものは自殺。
生き残った者もほぼ廃人になっており、
死んだに等しい。
そして、その黒髪の女というのは、
一ヶ月前くらいに、
麻薬の取引の現場を目撃し、
俺達が殺して海に沈めた少女だ。
このご時勢、
幽霊だの何だの信じるわけがない。
どうせ何かの見間違いか何か……
だと信じたいのだが、
いかんせんあの取引に関わった全員がとなると、
そうはいってられない。
そう。
全員が、だ。
取引相手からも同じような事が起こっていると連絡が来た。
が、その相手ももう既に破滅している。
残っているのは俺だけとなるとそうもいってられない。
必ずその幽霊とやらは俺の前に現れる。
俺さえ生きていれば何度でもやりなおせるが、
俺が死ぬか死に等しい状態となる可能性があると思うと、
そうはいってられない。
そこで完全に終わってしまう。
だが、
誰がそんなことを想像できる。
何が悪い。
何が悪かったのか。
そんなことはわかりきっている。
最初から俺達が悪い。
だが、それがどうした。
それでも俺達は上手くやってきた。
何一つとして失敗はないとまではいかないが、
だからこそ、
法にも裁かれずここまで来た。
怨まれた数、
殺した数だって数えきれない。
だが、
いまだかつてそんな幽霊や亡霊などといった類、
呪い等受けたことなどありはしない。
かといって、こんな手段で俺達を追い詰める相手なとど知らない。
態々こんな茶番で追い詰めてどうにかするにしても、
誰か一人くらい見抜いてもいいだろうし、
対策だって全くしなかった訳ではない。
だというのに、全ては無駄と終わっていた。
そして……
どうやら俺にも他の奴らと同じ時が来たようだ。
ガチャリ、とノブが回る音。
暫くガチャガチャと喧しく音が鳴り続け、
カチリという音と共にドアが開く。
鍵がかかっていたというのにどうやって入ってきたというのか。
カチリと音がしたのが、
かけていた鍵をピッキングしたものだというのは考えられる。
チェーンもまた切断したとすれば理解は出来る。
ズルリ……ズルリとこちらに向かってくる足音がする。
どうする。どうすればいい。
逃げるという手もあるが、
どこに逃げるというのだ。
ここで逃げたとしても逃げ切れるのであれば、
そうするが、
今までの情報から総合すると逃げ切ることは出来ないと判断すべきだ。
だが、同時に足音がすることから、
こうも考える。
もしかしたら生きている何者かの仕業ではないか、と。
誰が仕掛け仕組んだのか、
どうしてそのような手を使うのかは分からない。
だが、もっとも合理的な考えではある。
きっとそうに違いない。
そう祈るような気持ちで机の棚から銃を取り出す。
捕まる事になるかもしれないが、
命にはかえられない。
ゆっくりと銃を構える。
やがて、この部屋のドアをあけてずぶ濡れになり、
頭から血を流したセーラー服の少女が入ってくる。
ずるり、ずるりとゆっくりとこちらに向かって。
俺はその少女の頭に照準を合わせ——
パァン、と乾いた音が数発鳴り響く。
引き金を引いて放たれた銃弾は、
寸分たがわず少女の頭を身体に着弾し、
鮮血が迸った。
やはり生きた人間だったのだと、
なぜその事を知っているかは分からないがあの少女の姉妹か何かなのだ、
俺は勝ったのだと安堵のため息を吐き、
銃を仕舞う。
確かに急所にあたった。
確実なオーバーキル。
死んでないだなんて疑う余地など存在しない。
だが……
「クスクス——」
笑い声が聞こえた。
驚いて撃ち殺した少女の方を見ると、
血を流し、
服を赤く染めながら立ち上がってこちらへと歩みを進めてくる。
「ひっ——！
　馬鹿な、なぜ死んでない……
　な、なぜ……俺を……！」
後ずさる俺に少女は前髪をかきあげ顔を見せる。
その顔は確かに俺達が殺した少女。
完全に額に銃弾があたっているというのに笑顔を浮かべて——
「よくも、私を殺してくれたわね。
　この恨みはらさでおくべきか——」
そう告げた。
頭が真っ白になり、
「来るな、
　来るなくるなくるなくるなくるなくるなくるなァァァ！」
そう叫び取り乱す俺の顔に、
その少女の顔が俺の間近に迫り——
俺の意識は途絶えた。

「まぁ、そんな事があってね。
　結局死に続けるとか封印するとかでも、
　よほどでないと無理じゃないかしら。
　内側と外側から封印解こうとする力が働くみたいだし。」
「なんたる。
　……それはそうと、
　その男の人は……？」
「生きてるわよ。
　精神病院に閉じ込められる事になったみたいね。
　まぁ、証拠とか山積みにしておいたし」
「……。
　うん、なんていうか……
　ご愁傷様としかいえない。」
笑う私にため息をつくアルネスさん。
日常の一ページ。

(・ω・)そもそも見つける死者はことごとく逃げられてるし。引き分けてるし。

それは取らずに、魅月嬢が踏み出す先へ並び歩き出そうと。