——私は仲間達に少し電話をしてくると告げて、
少し離れた場所へと移動する。
「——この辺りならいいかしらね。」
別段聞かれた所でどうでもいい話ではあるものの、
誰かがいると遠慮してしまうかもしれない。
そして——
今から電話をかける相手に、
遠慮などをしてはいけない。
だからこそ——
私は一人になって、
こうして電話をかけている。
圏外、と表示されていて、
一見繋がりそうにない電話。
だが、
呼び出し音がなる。
ここではない何処かへと電話は通じ——
はやる気持ちを抑えずに、
電話の向こうの相手へと私は声をかけた。
「もしもし、ガンさん？
　随分久しぶりね。
　元気していたかしら？」
相手の反応はないが気にしない。
——どうせまさか通じるとは向こうも考えてなかったのだと思うし、
別の人が使う事も考えられたが、
気にしない。
その時は適当に誤魔化すだけの話なのだから。
「それと新しいのに変えたから新しい番号等を教えるわ。
　それで——
　これからもこうやって話せたりするのかしら？」
だが、その電話の主の返答は、
私の予想とは少し違っていた。
「あー……と、もしもし？
　……どちら様でしょうか？」
——間違いなく——
その声はかつて島で一緒した岩絃。
——私がガンさんと呼んだ友人のもの。
電話越しから漂ってくる気配、
全てが彼と同一人物であるのに、
まるで、
自分の事を本当に知らないというような反応をしている。
どうやら、
あの島での出来事に巻き込まれ、
完全にか部分的にかは分からないが、
記憶を失ってしまっているらしい。
そういえば、
私がしゃべりだした時に、
妙な奴が出たとか小さな声が受話器から漏れ出ていた気がする。
さて、どうするかと私が考えている間にも、
ガンさんは言葉を続ける。
「ん、すみません。
　こっちからかけて、何言ってるんだとお思いでしょうが。
　俺の手荷物に入ってる古い通信機器……
　もしかしたらそちらさんにとっては、
　前時代の骨董品レベルな古い通信機器内に残っていた連絡番号に
　片っ端からかけてみてるもので。
　ほぼ全て不通だった番号の中で初めて通じたのでね、
　少々驚きすぐに反応できず失礼しました。
　…そちら様が言う“ガン”さんは、
　当方心当たりが無いのですが、
　人違いではございませんか？
　混線か、使われなくなった番号の再利用が、
　たまたまそちらの番号になったのかは解りませんが……
　俺は貴女の知り合いではありえませんよ。
　折角新しい番号を教えていただいたのに、
　お目当ての相手でなくて申し訳ない。 」
私が何も言わない事を良い事に、
まくし立てるように一方的に言葉を紡ぎ、
余所余所しく丁寧語を使い、
軽く笑って勘違いで終わらせ電話を切ろうとする意志がありありと見える。
——
どうやら、久しぶりという事で、
多少加減しようと思っていたのが悪かったらしい。
それならば、
私も全力で応対しないといけない。
——私の声を聴いて思い出せないのであれば、
少し躾……いえ、
喝を入れてやらねばならない。
どうせそれくらいやらないと応えないのだから。
「……とりあえず、
　妙な奴が出たといってたわね。
　聞こえてたわよ。」
だから、容赦なく……
怒りを込めて返答する。
——勿論、怒りは面には出さず、
優しく、気にしてない風を装って。
だが、
そんなものは見せかけだけである事を、
電話の向こうの彼はきっと察知するだろう。
「とりあえず、貴方が記憶がないのはよく分かったわ。
　——少なくとも私との思い出を思い出せないでいるみたいね。
　残念ね……
　あんなに素敵な日々を過ごしたのに。
　ああ、きらないでね。
　——岩弦ではなく、土蜘蛛さんとお呼びした方がいいのかしら？
　心配はいらないわよ。
　間違いなく貴方は私の知る人であり、
　貴方の知り合いよ。
　——声とかは真似れても、魂の気配までは真似れないわ。
　だから気にする必要はない。」
そう、記憶が無いのは分かった。
それは仕方がない事。
私の事を思い出せないのは本当に残念な事。
それに偽りはない。
切らないように念を押しつつ、
丁寧に対応する。
私が何に対して怒っているのか。
それは思い出せない事ではなく——
私に対して何も感じていないその事に他ならない。
恐怖であれ、安心感であれ——
少しくらいは感じてくれてもいいと思うのに。
これでは現状では面白くもないし、
私の嗜虐心を煽るだけなのだから。
……まぁ、
反応が平坦なのはガンさんらしいといえばらしいので、
仕方のない事だとも思うけれども。
「…ごめんなさい。
それと、思い出せないのも謝りましょう。
まさか現役の知り合いと連絡が付くとは思わず。
……なるべく早く記憶を見つけますよ。 」
そんな私の言葉に彼の対応は、
聞こえていたわよで謝り、
思い出せない事でも謝って来た事から、
とりあえず向こうから切る気はなくしたらしい。
最も——
やれやれ。此処にもロリばばぁが居る、か。
等とこぼしているのもばっちり聞こえている訳なのだけど……
此処にもという言葉と、
後ろから不敬ですぞだの、
女の子の声で、早く電話終わらせるのじゃ等聞こえる事から、
彼が今一緒にいる相手が見た目子供で長い時を生きている人物なのだろう。
失敬な。
「まぁ、思い出せない事については、
　別に怒ってないからいいのだけどね。
　謝る必要はないわ。
　想定内だし。」
全くもって、本当に——
私が怒っていない事について謝って、
私が怒っている事に察知してくれない。
分かっている。
ガンさんとはこういう人物なのは。
だが——だからこそ、
はっきりというべきだろう。
私に対して何も感じていない事についての私の怒りは、
これは相手に向けて怒るべき事ではない。
だが——
「ああ、ロリババアというのは正確ではないわ。
　そういう時はババアだけでいいのよ。
　流石に高校生でロリ扱いされるのはちょっとね。」
これだけは譲れない。
ロリと言われるほど貧相でもなければ、
そこまで幼くもない。
年齢的にババアなのは認めるからそれは許せるが、
ここだけは譲れない。
「高校生って……
　思いっきり未成年じゃないか。
　実齢がババアだとしても、見た目はロリ枠のが近いのでは？」
だが、ガンさんはまるで分っていなかった。
いやでも、まるっきり子供扱いする訳にもいかない年頃か。扱いが面倒臭いな。
等と小声で いってる辺り、
子供＝ロリなのだろう。
子供扱いされるのはいい。
けれど——
見た目的にはもう大人に入るし、
扱いが中身をいうなら、
それこそババアの扱いをすればいいではないかと思う。
……尚更悪い事をいってるのを彼は分かっているのだろうか？
分かっていないに違いない。
……仕方ないのでこの件については、
後でたっぷりと後悔させてやろうと心にとめておく事にした。
だが、私が無言でいた事と、
良くないものが向こうへと漏れ出ていたのだろう。
「まさか何々日後に会いに来るとか言いだしませんよね？
　来れたら流石に驚きますよ。」
良くある怪談話にある展開を期待されてしまっていた。
——流石に出来なくはないかもしれないが、
今は私は人間に他ならない。
もし気軽にできるのであれば、
じゃあ、行くから。
その一言で向こうに行っていてもおかしくないとしても。
「——流石に何日後とかは無理よ。
　私が妖怪とか幽霊なら受話器から出てこれるかもしれないけど、
　生憎、
　これでも大部分が人と変わらない身だもの。
　人を超えるつもりもなく、
　私は少なくとも人で在りつづけたいと願っている限りはね。
　まぁ、安心なさい。
　他の貴方の知り合いにも現状は連絡しておいてあげる。
　連絡がつく分にはね……」
だからこそ、丁重に否定しながら、
全力で八つ当たりしようと心に決めて、
ついでに記憶を取り戻した時の嫌がらせになる一手を告げる。
「他の知り合い？
　……御嬢さんの他にも同族が居るのですか。
　いや、まあそうか。そりゃそーだよな……
　では、連絡を頼みます。
　もっとも俺の方こそ、
　そちらに戻る方法が皆目見当つかずなのですがね。
　それと……
　改めて、
　新しい番号だけでなく御嬢さんのお名前も教えていただけませんか？
　以前の俺は相当用心深かったのか、後ろ暗かったのか、
　……単に自分の記憶力に自信があったのか、
　携帯のメモリーは番号の羅列だけで記名が一切ないのですよ。」
だが、
当然の事ながら相手は気づかない。
——記憶を失って居たのだから当然の話ではあると思う。
精々——
後で連中にこってり色々言われるといいわねと思いつつ、
私は一つ息を吸い込み——
「多分……
　番号しか無かったのは自分の身元を不明にする為ね。
　うん？なんでかって？
　貴方の実家に関しては、
　隠さないといけない事も多かったみたいだしね。
　私の電話番号があったのは、
　それは別に知られても問題ないからじゃないかしら。
　ま……後ろ暗かったというよりは……
　——これは、私が言うべき事ではないわね。
　勝手に思い出しなさい。
　さて、それじゃあ自己紹介と行きましょうか。
　私の名前だけど……　
　伊賦夜魅月と申します。
　改めてよろしくね。」
至って平静に対応する。
——脅し所と、そうでない時は切り替えるのが常。
そうでないと効果的ではないのだから。
私の名前で何か勘付く所があればいいのだけれど、
この様子だと期待薄。
——その答えを肯定するかのように……
「ん、まあ記憶を失った事に関しては、
　何かしら人間のふりをしてる時に、
　ドジ踏んだんだろうなとは思ってますよ。
　妙な空間に閉じ籠もる……封じ込められる？くらいだもんな。
　……すまんね、色々忘れてて。
　蜘蛛状態で生きてる間は人間の個人的な……
　俺が岩絃だのガン？だのと、
　名乗って人として生活してた記憶は邪魔なだけだから、
　神経節のどっかに纏めて仕舞いこんだ気がするのですが……
　そのしまい場所を忘れてしまってな。
場所さえ見つければ一気に思い出せるかと。
　一般的な人間社会で生きるのに必要な情報を、
　真っ先に見つけられただけマシでしょうな。」
名前聞いても全く思い出せない、
ごめんなさいとでもいいたいかのごとく、
言い訳を始めるガンさん。
——バックアップくらいとっておけ、
と言いたくなるような内容だけど、
ここら辺は私は彼でないので分からない。
「で、更に自己紹介するなら——
　これでも疑似的な不老不死状態だから、
　それなりに長い時を生きているわ。
　そして——
　貴方、それから貴方の知り合いは同族だけど、
　私と貴方達は同族ではないわ。
　私は貴方達からすれば異質な存在よ。
　少なくとも……
　多少脅威に思う人がいるくらいにはね。」　
まぁ、どうせ記憶を取り戻せば思い出す事だけど、
改めて説明する。
彼に任せていたのではどれくらいかかるかわからないのだし。
そんな矢先、
「あ、あと土蜘蛛の……
　一族に関わる知識と記憶も。
　伊賦夜さんとの会話で思い出せました。
　これは明らかに知っておかないと色々面倒になりそうな記憶だったので、
　助かりました。」
どうやら、自分達の存在がどんなものなのか思い出したらしく、
感謝の意を示してくる。
……それによっていらない事を考え始めたようだが、
それについては適当に応えつつ、スルーしておく。
流石に……
「あーーっと。
　つかぬ事をたずねますが、
　俺と伊賦夜さんは同衾した仲だったりします？」
この一言ばかりはスルー出来なかったので、
「肉体関係とかないから。」
流石に否定しておく。
嫌いな相手ではないが、
そこまでの相手ではない事くらいは告げておいた方がいいだろう。
その他にも、
私の背後の霊が五月蠅いという、
私も同意したくなる話や、
彼にとって縁の深い霊の話がでたりするが、
割愛。
その間にも、
——取り出した別の携帯でその間に、
彼の一族の人間へとメールを送る。
内容は勿論、ガンさんを見つけた。
たったそれだけの事。
彼の一族のメアドに関しては、私のメール友達である、
彼の一族の頭首に教えてもらった。
その頭首曰く、
私から送られたメールを見て、
誰が送ったのかを調べて、
自分に行き当たった時の反応が面白そうらしい。
……いい性格をしていて妙に気が合う辺り、
私とかの人物は似た者同士なのかもしれない。
きっとこのメールをみたら、
頭首以外の三人は面白い反応をしてくれるだろう。
それを見る事は叶わないが、
その様子を想像して笑いながら、
連絡を取った事を告げて一旦、電話を切る。
——楽しみが１つ増えた事を嬉しく思いながら、
私は仲間達の元へと戻るのだった——

ちょっとだけ照れくさそうに彼はそう言った。

子供になったせいで、魅月さんと幾らか身長差が出来てしまっているらしく
どうやらそのまま背伸びして、頬を触らせてもらうには少しムリがあるようだ。

彼は実に子供らしく、そう返した。

届いた写真を近づけたり遠ざけたりしながら目を細めて眺めていたが、すぐに諦めた。

画面の文字は大きくすれば何とか読めたが、さすがに小さい画面内の写真の容姿まではよく解からない極遠視＆ど近眼。
長い黒髪で制服着た女…？かな？って辺りまでは見て取れた。
何が大丈夫なのか言ってる本人も解かっていない、当たり障り無い返事を選んだつもりの適当極まりない返事をする。

「大人が電話をしてる時は近くで騒ぐな。向こうで遊んでろよ嬢ちゃん。」
待っていたのに何時まで経っても来ないから迎えに来たのだとか、じゃ言葉で言い返す少女の声。

『不敬で(略』電話中に聞こえる何度目かの中年男性の不敬を咎める声も。

↑
取り戻した[人の身で妖怪化した土蜘蛛一族]に関する知識と、
記憶が無い間の経験から得た[自分は人の姿に擬態できる蜘蛛]ってー認識との差異にちょっと困惑。

土蜘蛛囲いの女でもねーと。
つか氷点下の視線で、無関係ですと拒絶された気がする。

土蜘蛛一族を知っている…但し個人的によく知っているってだけで、さほど深く関わりは持たない相手らしい。巫女の件とか、ちょーっと喋り過ぎたかな？と。

思い出すアドバイスをされたが

嘘です。さっきから背中がぞわぞわしてます。

自分の赤い左目…死霊や冥道を見ることができる目をなんとなく押さえつつ、あーそりゃ一族は嫌うだろうなあと呟き。
つか、もしかして自分は関わってはいけない、意識して関わりを絶った存在と連絡取っちまったのか？と考え。

騒いでない。
そういう時に限って、いつもは騒がしい嬢ちゃんも執事も静かに茶をして大人しく待ってたりする。

ねこねこ

ノミブリオの警告には耳を貸さずに
猫、飛び付いた！！

ぴょこぴょことぬいぐるみが張り切ってます

斜めに構えた帽子からいたずらな笑みが覗く。

銛を素早く逆手に持ち変え、弓を引き絞るように右手は後ろへ左手は前へ。
深く腰を落とし、“漁”の構えを取った。