「——？」
「あら、響子さんどうしたのかしら？」
話が終わり、魅月が響子の方をみると、
響子が微妙な顔をして首を傾げていた。
不審に思い魅月がたずねてみると——
「——六つ……しかない気がするんですけど——」
「何が？」
「いや、
　七不思議なのに不思議が六つしかない気が——
　確か話に聞いた不思議は——」
「あら。そういえばそうね。
　最初に出会った怪異が——
　廊下を徘徊する上半身だけの女学生。
　夜に学校の廊下を徘徊して、
　自分の半身を探して彷徨い、
　捕まえた相手の下半身をもぎ取る。
　——実は廊下から逃れれば逃げれるのよね。」
「え、そんな対処法があったんですか？
　とりあえず、まぁ、それが一つ目ですよね。」
「ええ。
　で——二つ目が異世界に続く鏡ね。
　これは……鏡を覗かないしかないわね。
　といっても、トイレの決まった鏡だから——
　ま、場所しってれば問題ないし、
　夜でもないと発動しないから普通なら気にしないでいいわ。
　で、三つ目が図書館の読んだら死ぬ赤い本ね。
　血で染まったその本を読むと死ぬ……
　良くて発狂するわね。」
「うん。これで三つ。
　後は四つ——」
「で、それから——
　第四コースの幽霊ね。
　プールに引きずり込んで溺死させてくるのが厄介だけど、
　第四コースを認識しない限り大丈夫よ。
　まぁ、プールに行かないのが一番ね。
　で、音楽室のピアノの音色。
　——聞いたものの感情に訴えかけて、
　最悪死をもたらす事も可能——
　なのでしょうけど……
　普通の人ならそれを聞いた時点で逃げるか、
　あるいわ恐怖で動けなくなるわね。
　で、最後が七番目の——」
「プール・音楽室・七番目ってやっぱり六つじゃないですか！
　どうなってるんです！？」
「——七番目は開かずの間。
　七日目に死を与える七番目の怪異。
　呪いを解くには彼女を見つける必要がある。
　決して見つける事の出来ない彼女を。
　見つけるチャンスは開かずの間に最初に入った時だけ。
　——無理ゲー極まりないわね。
　推測が当たらなかったら多少面倒だったでしょうね。」
「そうですね。
　私だったら無理だった——
　って誤魔化さないで下さい！」
平然と六つしかない七不思議を七不思議全てあったかのごとく話す魅月。
しかし、そうは問屋が卸さないと、
食い入るように響子は魅月を見つめる。
別段、
この話を流してしまっても別に構いはしないのだが、
人間一度気になってしまうと、
どうしても知りたいという好奇心という名前の欲望にかられるものである。
——更にいってしまえば、
魅月がいるという親しさからくる安心感もあるのだろう。
平然と流そうとする
——七不思議のうち六つを退けて大した事ではないというように笑う魅月に——
一歩も怖じる事なく真っ直ぐな視線をなげかける。
その様子をみて諦めたかのように魅月はフッと笑い——
「——そんなに聞きたいの？」
「そりゃ……気になりますから——」
「聞いたら私が貴女を殺す……
　そういっても？」
ザワリ……と身震いするような寒気が響子を襲う。
何か不味い事だったのだろうか？
聞いてはいけなかったのだろうか？
魅月の表情はただいつものように笑っている。
どこにも不審な点はない。
だからこそ——恐ろしい。
いつものように笑い、
いつものように接し、
平然としながら
——人を殺す。
目の前の先輩であり、
親友でもある魅月はそういう存在だ。
それが実感出来るほどに。
だから、
きっと魅月は響子を殺すだろう。
その必要性があれば容易く、
何の感慨も浮かべずに。
——実際の所はそうでもないのだが、
それを知るのは魅月本人だけである。
それに——
魅月は慣れてしまっている。
——失う事に。
——傷つく事に。
——死、そのものに——
辛くはある。
痛くもある。
——それがどういう事なのかも理解している。
けれど、
それは魅月にとっては身近過ぎて——
今更傷の一つや二つ増えたとしても——
だからこそ、
それは響子の恐怖を心から引き出す事が出来る。
——だが——
「——どうしても言いたくない事なら聞かない……
　ただの好奇心だったし……
　もし聞かせて貰えるならで良かっただけよ……」
響子は勇気を振り絞って、
魅月の問いに答える。
その答えを聞いて——
「良いわよ。
　——ただ本当に詰まらない話だし、
　それは許してね。
　——それとごめんなさい。
　少し試してみたくなったのよ。
　——響子さんを試すなんて悪いとは思ったけど……
　七不思議というのはそれくらい触れてはいけないものだから。
　……覚えておいてね。
　命を脅かす恐怖——
　それに相対した時でも恐れるだけでは駄目。
　蛮勇でも駄目。
　自分を保って勇気を振り絞っていうべき事を言い、
　やるべき事をやるといいわ。
　こういう事は滅多にない……
　特に心霊がらみなんて余程でないと無いはずだけど、
　きっとその心構えは将来の宝になるわ。
　——教師として、ね。」
頭を下げた。
——そして、寒気は消え失せる。
「全く……少し性質が悪いんじゃないですか？
　先輩らしいといえば先輩らしいのかもしれませんが、
　肝が冷えましたよ……
　少しは加減を……」
「——あら、加減はきっちりしたつもりよ。」
「……もうちょっと手心が……」
「断るわ。」
「うう……
　それで聞かせてくれるんですよね。」
「勿論。
　——そうね。
　ぶっちゃけ……
　その不思議について全部私は知っている……
　というか知ったんだけど、
　それは意味をなさない不思議なの。
　——だからこそ知るだけでよく、
　対処する必要は無かったのよ。」
相変わらず人が悪いと、
多少顔を青ざめさせたまま安心したように対応する響子に、
魅月はゆっくりと語り始める。
それにしても——
「意味をなさない不思議って……？」
意味をなさない。
それは存在していたとしても——
既に魅月が遭遇した六不思議のように、
解放されてしまった不思議である、
或いは、
文字通り意味をもたない——
嘘にも等しい不思議であるか……
他にも考え方はあるだろうが、
今回の意味をなさないが指し示す所は——
「文字通りの意味よ。
　意味をなさない不思議なのよ。
　——だって……そうでしょう？
　“それは私を指し示す不思議なのだもの”」
「——はい？」
自分自身がそうである……といっているようなものである。
だが、魅月は常にこの学校に居る訳ではない。
ならばなぜこの学校の七不思議になっているのだろうか。
——少なくとも魅月はそれを知っているか、
知ってしまったという事に他ならない。
「——場所に関しては屋上になっていたのよね。
　だからこそ最初は気づけなかったのだけど、
　図書館のアレ見て気づいたのよね——
　あの話がまさか——
　七不思議として定着してしまったなんて夢にも。」
「……しかも先輩が発祥なんですか！？
　何してんですか、もう……
　あれ、でも——
　先輩が発祥だとしても怪異となって現れる可能性があるのでは……
　あ、もしかして……
　恋占いとかそっち系の不思議だったりします？
　だったら私も——」
「そうね。
　恋占いできるんじゃないかしら。
　とりあえずいい加減決着つけて結婚しなさいっていわれると思うわ。」
「う゛ッ……」
痛い所を突かれたと頭を抱える響子に、
魅月はクスクスと笑い、
ひとしきり笑った後に再び口を開く。
「——
　ま、七不思議で語られていない不思議。
　その怪異の正体は私。
　そしてその内容は——
　私が戯れに話した一つのお話。
　——学校を渡り歩く少女の亡霊。
　彼女はいつの間にか学校に居つき、
　いつの間にか学校を去ってゆく。
　気がつけば生徒の一人としてそこにいる彼女は、
　屋上の風が好きでよく屋上にいる。
　一人では寂しくて皆と共に在りたいと願い、
　でも、彼女は自分が人ではないと知っている。
　だから、
　——屋上にいる。
　そこではただ一人で世界を感じていられるから。
　自分の在るべき場所は此処ではないと知っているから——」
「——」
息をのむ響子。
そう語る魅月の声も目も真剣で、
そこには誰も立ち入ってはいけない気がして。
そして——
それこそが魅月の在り方なのだと分かって——
こんなにも近くにいるのに、
こんなにも傍にいるのに——
彼女の心は此処には無い。
そう脳裏によぎった瞬間魅月は遠く、
手が届かない何処かにいってしまったような——
「——今の私は違うけれど。
　あの時の私はそこにありながら心をきっと落としていたのだと思う。
　——けどね。
　繋がりは偽りではない。
　繋がりを感じたその時の気持ちは本当だったと思う。
　それに——今はそれを大切にしたいと思う気持ちもあるわ。
　死にたいと願っていたかつてと、
　生を楽しもうと思っている現在。
　大した差ではないかもしれないけれど、
　それは大きな違いよ。
　——だからそんな顔をしないでいいの。
　私はここにいるわ。
　それで、私は貴女の友で在りつづけたい。
　——私の心は此処にある。
　それは誰にも否定させやしないわ。」
大丈夫だからと笑いかける魅月。
「——」
そっか、と笑い返す響子。
其処に広がったのは安堵の心。
いつまでがかつての魅月で、
いつからがかつての魅月なのかは分からない。
けれど、
どちらも同じ魅月で、
過ごした時間、
共有した感情に偽りはない。
だから——
きっと友だと魅月がいうのなら、
友だと思う響子にとって、
お互い親友であるのは変わらない。
——かつての魅月がどうであったのかは分からないけれど、
今の魅月がそうであるならば十二分。
故に響子は安堵する。
きっと、この絆はかけがえのない絆となると確信できたから。
「ま、話をつづけるわね。
　そういう話を私がしたのが、
　どういう訳かこの学校の七不思議として定着してしまったみたいね。
　どのように定着していったかは分からないけれど、
　転校を続けた女学生が死んで、
　それでも友を求めさすらい現れる。
　でも、友なんていないから屋上で一人地上を眺めつづける。
　楽しそうに笑う学生達を羨ましく思いながら。
　けれど、深くかかわるな。
　——彼女はこの世のものではないのだから——」
「——だから、必要がない不思議だったんですね。
　でも、似たような別の話だったり、
　本当にそういう存在が屋上に居たりは……」
「——そうね。
　確か似たような別の話。
　ひょっとしたら私と関係ない何かなのかもしれないし、
　屋上には本当にいるかもしれない。
　そう思ったのだけど……」
「だけど？」
「——この不思議を調べて残してくれた人達は、
　この二つが同じものだとして記載していたのよ。
　ちょうど話が歪められていく瞬間がそこに記載されていたの。
　——だから間違いなくこれは私の話した事。
　私こそが七不思議の一つであった証拠よ。」
「成程、それなら確かに先輩以外ではありえませんね。
　でも——
　もう一つの可能性は？」
「そうね。
　此処に同じ不思議の可能性が二つ存在するとする。
　片方がオリジナルで、
　片方が造られ形どられたもの。
　でも、造られ形どられたものに意思が存在していなければ、
　それはただ私として還元されるだけよ。
　——その不思議について気づいた瞬間に、
　それは私の一つとなった事が分かった。
　だから、そう。
　本当に意味のない不思議だったのよ。
　少なくとも私にとっては。
　もし意味があるとすれば——」
「——？」
「——造られた彼女は、
　私と一つになる事でもう寂しくはなく、
　気づくでしょう。
　彼女もまた私なのだから……
　私が欲しかったものを得て、
　私と一つになる事で得る事が出来た事に。
　だからね——
　彼女……私は幸福だと思うわ。
　もう苦しんで存在する必要がないのだから——」
「そっか……
　意味があるのは過去の先輩の残滓にとって。
　今の先輩には当たり前だから、
　先輩には意味がないんですね。」
「そういう事。
　——ま、いったでしょう？
　つまらない話よ、と。」
「いえ、私にとってはいい話でした。
　聞けて良かったと思います。
　——逆に聞かなかったら後悔していたかも——」
「……なぜ後悔していたかは聞かないでおくわ。
　そうそう、それで——
　一つ謝らないといけない事があるの。」
「？
　急にどうしたんですか？」
首を傾げる響子。
そんな響子に魅月は真剣な面持ちで、
再び頭を下げて告げる。
「——夏休みに結婚式なら参加出来ないわ。
　ちょっと所要が入って故郷に一度戻ってみようと思うの。
　そこにはもう何も残っていないと思うけど——
　……招待状が届いたのよ。
　——土産話を楽しみにしておいてね。」

大分腰が引けている。オカルト関係は苦手らしい。

えへへ、と照れたような顔を、彼は撫でれながら浮かべそう答えた。
どうやら撫でられるのは嫌いではないようだ。

彼は魅月さんから頂いたお茶を美味しそうに飲んで、そう答えた。

魅月嬢が受話器に声をかけている最中、

失礼なセリフが小さく届いた。意識した小声ではなく、電話に出た相手に驚いて器機から顔を離した状態でつぶやいた声を、機器が拾ったようで。

声は間違いなく岩絃のものである。魅月嬢なら感じ取れるであろう、通信機器越しの気配も岩絃のもの。

自分で馬鹿言ってるなと、ちょっと苦笑混じりの声。

岩絃にしては雰囲気が余所余所しい。淡々と部外者に語る丁寧語で話をしている。警戒してる風すらあり、
魅月嬢もガンの名も知らないと、言い切っているのは演技ではなさそうだ。

遠恋で久しぶりに連絡来たか、合コンの目当ての相手と間違えられたかな、と言いたげな口調で軽く笑いながら謝って見せるが。

『着信アリやリング系列の怪異に出くわしたか？面倒臭いなぁ』と思ってそうな空気もびしばし伝わってきます。

お久しぶりです。うさぬいのペルさんの日記に登場している魅月さんに魅かれまして、どこぞの蜘蛛野郎を呼び起こしてみました。
魅月さんの久しぶりに見る“笑顔”怖いよ！パワーアップしてますよ！