「——いざとなると緊張するわね——」
そう呟きながら開かずの間の扉に鍵を差し込み、
躊躇せずに回す。
そして深呼吸。
やっと終わるのかと心を引き締める。
——鬼が出るか蛇が出るか。
それとも——
鬼でも蛇でもなく可愛らしい何かなのか——
無意識に唇の端がつりあがる。
そう。笑っている。
別にこれで終われるから嬉しいとか、
この先があるのがなんなのか楽しいとかではなく——
——反応が楽しみなのだ。
こればかりはどうしょうもない。
今までも、そしてこれからも変わりはしないだろう。
数多の学校を行き来し高校生を続けて来た。
更に、その魅月が持ちうる特性故、
七不思議に関わらない事の方が少ない。
故に、
七不思議と何らかの形で関わった時点で、
他の七不思議に対処するよう心に決めて、
昔においては、
もしかしたら自分を殺せるかもしれないと——
今においては、
暇つぶしの為に——
対処し戦い——
様々な反応を見て来た。
その反応は千差万別。
そして——
暇つぶしとなった今、
その反応はとても心を満たす。
生無き者がまるで生があるかのごとく。
死して尚感情を残すが故に。
感情より生まれ出でるが故に。
相いれる事もあれば、
相容れぬ事もあった。
中には友となったもの、
魅月と共にあり続けるものもいる。
怨みながら消えて行った者もいれば、
狂おしいまでの憎悪だけが残ったものもいる。
だが、
その全てが魅月にとっては——
愛おしくも生きる証。
ああ。
そうしてまた一つ増えるのならば——
楽しまずに居られようか——
故に魅月は嗤う。
時にそれは傲慢だと思うものもいるかもしれない。
——現実として魅月は死なない。
故に、
死をもたらす何かでは魅月をどうにかする事が出来ない以上……
油断し余裕すら見せるのは当然ともいえる。
——しかし、
時には死なないだけではどうにかならない事もある。
力があるといっても、
力は更なる力によって敗れ去る。
ならば死なない体と死霊の力に溺れるその姿は、
傲慢以外のなんだというのか——
だからこそ、
そう捉えられても仕方がない。
だが、そうではない。
——そういう何かに出あえるかもしれないという憧れ、
そして憧憬——
そして、
親しい人がいるとはいえ、
人から外れてしまったが故に、
人ならざるものへ友を求める心が動かしている。
——かつて異世界へと渡った時に出あった様々な人達。
その思い出もまた色あせず残るが故に——

——そして、扉はゆっくりと開かれた——

そこにあったのは静かな静寂、
暗い闇の空間。
長年放置され続けてきたが故に溜まりに溜まった埃。
そこには何も無かった。
懐中電灯で照らす灯りを使って見渡しても、
何も見えない程に——
だが——
そんな誰もいない空間に向かって魅月は声をなげかける。
「——
　折角ご招待を頂いたのだから、
　急いで来てあげたのに何のもてなしもないのかしら？
　——せめて挨拶くらいあってもいいと思うのだけど……
　帰ってもいいかしら？
　私は来たのだし、
　二度来るつもりはないわ。」
そんな魅月の声と共に、
辺りの空気が変質し、
空間が歪む。
——そして歪んだ空間から、
一人の女生徒が魅月の前に姿を現した。
顔は前髪に覆われて見えないがその半透明な姿は、
華奢で小柄なその人物が幽霊であると主張している。
そう、彼女こそが七番目の怪異にして、
この七不思議を総べる存在——
そのはずである。
だが、
不思議と彼女から威圧感といったものは感じず、
力も無いように見える。
——ただのどこにでもいるような浮遊霊——
そんな印象を受ける。
しかし、
間違いなく彼女は七番目の怪異そのもののはずである。
だとすれば——
『——』
一体何故なのか。
ゆっくりと彼女の指が魅月を指さそうとした所で、
魅月は彼女の腕を掴んだ。
そして、彼女に囁くように言う。
「七日後に、貴女は死ぬ——」
『——！？』
そして、その言葉に動揺する彼女。
「——基本的に解呪の方法が用意されているけれど、
　それを知り得る訳がないから必ず死をもって成立する。
　——どうして死に物狂いで私を探してくれないの——
　そういう願いから出来たのが貴方。
　そしてそれが始まりね。」
『——何故……！？』
畳みかけるように彼女を言い当てる魅月に、
どうしてそれを知っているのか、
悲鳴を上げるように叫ぶ彼女。
「——七日というのはハッタリだったのだけどね。
　貴女に力が無さすぎた。
　それは多分……私が早く来すぎた為。
　出てくるのも遅かったのも含めて。
　——自分を見つけてくれないという怨みによって、
　自らの力を増幅させる——
　とでも言った所かしら？
　——最終的に手におえなくなる所も考えると、
　実に七番目に相応しい不思議……
　といった所かしらね？」
『ッ——！』
魅月の掴んだ手から逃れようと足掻く彼女だが、
魅月の手は離れない。
決して魅月は力が強い方ではない。
だが——
弱い霊の力くらいで振りほどけるほどやわではない。
じっと彼女の目を見つめる魅月。
「でも、不思議ね。
　それでもある程度の力はあるはず。
　ひょっとして——
　鏡の怪異にため込んであった力——
　あれが隠していた源泉だったのではないかしら——？」
——魅月のその言葉に……
彼女の力が抜ける。
一つ吐いたため息と共に。
全てを諦めたように。
『——
　全部お見通し……
　という訳ね。』
「——
　ただの憶測交じりの推論よ。
　別に外れていたっていいもの。
　真実ならばそれでよし。
　——間違っていたとしてもそれよりも最悪はあんまりないわ。」
『そう……
　——参った、降参よ。
　もう逃げる事も出来ないし、
　今、私に抗う力は無い……
　一週間でも時間が足りないかもしれないけれど、
　この学校の生徒達の感情を集めれば、
　他の六不思議が絶えた今なら——
　ひょっとしたら対抗出来る力がえれると思ったのだけど……』
「——随分諦めが速いのね？」
『……
　鏡の怪異の存在と、
　溜め込んだ力が消えた時——
　悟ったわ。
　態々そこまでして叩き潰す選択をして、
　それを成し得た相手。
　——少なくともそれは——
　私の理解の外。
　私自身も理外の存在だけど、
　理外の理外を相手にしなければならない……
　そう分かってしまった瞬間、
　私の敗北は確定していた。
　それが分からない程……
　私は愚かではないつもり。
　——それでも立ちはだからないといけないのは——
　七番目の七不思議としての私の業。』
「——そう。
　それで貴女は——
　これからどうするのかしら？」
クスリと嗤う魅月に、
彼女は首を横に振り——
『どうするも何も——
　貴女が私の全てを握っている。
　それなら決めるのは私じゃなくて貴女。
　——選択権などありはしない——』
「——そうね。
　普通なら——
　選択権は無いわね。
　だけど、私は聞いたわ。
　——これからどうするのかと。
　だから、選ばせてあげる。
　そのまま何もしないのもいいわ。
　それなら私も何もしない。
　同じような時がずっと続いて行くだけ。
　まだ貴女は私に危害を加えようとしていないし、
　話が通じるから——ね。
　勿論、七日後に呪い殺しに来てもいい。
　——死の無い女を殺せるというのなら。
　ここで消えるという選択肢もあるわね。
　——どうせ七不思議なんて倒した所で蘇るもの。
　姿を変えて形を変えて。
　噂が噂を呼んでそこに溜まった感情が宿り、
　七つの不思議が造られてゆく——
　だから私がたとえ七つの不思議を消したとしても、
　それは一時的な物。
　長い目でみればそれは意味のないものに過ぎないわ。
　フフ——
　まぁ、私の目的はもう達成されているの。
　——後は貴女の選択だけ、というわけね。。」
『それは優しい事ね……
　探偵さん。
　それじゃあ私が欲しい物を探してくれない？
　そう私という呪いを解くために必要な物を。
　——私の体を——』
「ふぅん。
　あくまで手順にのっとるのね。
　嫌いじゃないわ。　
　そういうの。
　——けれど、報酬は何をくれるのかしら？
　殺さないでいてあげるなんて言わないでね。」
『——私に出来る事なら……
　といっても……
　力の残滓もほとんど残ってないし、
　——完全に消えるまで傍で見守るとか、
　話し相手になるくらいしかできないわ。
　——それが叶わないなら——
　好きにして。
　貴女が選ばないのであれば放っておいて。』
「……」
『……』
彼女の回答に魅月はただ微笑を浮かべながら彼女をみる。
その眼をまっすぐ見据える彼女との間に沈黙が流れる。
その真剣な彼女を見て、
フッと笑うように息をつく魅月は彼女の手を離すと、
彼女の頭へと手を伸ばし——
そっと頭を撫でた。
「良いわよ。
　ただし、
　本当の意味での貴女の身体はもうないと思うけれど。」
『——どうして？』
「——簡単な話。
　貴女の死体はここにあったのよ。
　ここの鍵と一緒にね。
　——元々ここは開かずの間だった。
　何故貴女がここに入り込んだのかは分からない。
　けれど、ここで何かがあって——
　誰にも気づかれないうちに死んでいった。
　……それでも調べたりした人はいるでしょうけど、
　“その時には手遅れだった”
　——貴女は囚われてしまった。
　この学校の最初の怪異として——
　だから、ね——
　最初からそこにあるのよ。
　——貴女の足元に。
　……調べたところで……
　何処にあるのか分からないのだから分からない。
　推測するしかない。
　けれど——
　今私が鍵を手に持って無いように、
　ここへの招待は一度きり。
　故に今まで気づいても間に合えるものはいなかった——
　それだけの話。
　——ほら、見なさい。
　曇った眼で見えるんじゃない？
　自分自身の姿が——」
そういって、
彼女の足元を懐中電灯で照らす。
そこに照らし出されたのは、
埃に塗れた人の骨。
『——』
「まぁ、探してほしい……っていう場合……
　たとえどんなに分かりやすい位置だとしても、
　本人は気づけないのよね。
　——自分以外の誰かがそれを指摘するまで。
　……
　全く不合理なものよね。
　それ故に気づくまで他の人間にも見える事がないなんて。」
『——そう……
　私は……ここで死んで……
　ずっと此処にいたのね。
　——
　……滑稽だと思わない？
　こんなに近くにもあったのに……ね。
　見つけられなかった人達も、
　見つけられなかった私自身も——
　でも……
　貴女は私を見つけてくれた。
　もう思い残す事も無い。
　けれど——
　……救ってくれた貴女に——
　いつでも呼んで、傍にいるから。
　——いらなくなったら成仏させてくれればいい。
　——せめてもの、お礼よ。
　……ありがとう。』
そういって、彼女の姿が消える。
それと同時に彼女の死骸もまた光となって消えてゆき——
——ここに全ての怪異が潰え去った。
「……よくよくお礼を言われる日ね。
　ま、それも——
　凶暴なのから当たっていったからかしら……
　じゃ、戻りましょうか。
　時間は——
　……思ったよりかかったわね。
　ま、いいわ。
　どうせ起きてるでしょうし。」
満足そうに微笑んで、
これ以上ここに用はないと踵を返し戻っていく。
ここにはもう用はない。
そしてここはもう開かずではない。
——今後、
この場所がどうなっていくかは……
また別のお話——

「ただいま。
　ごめんなさい、ちょっと手間取ったわ。」
「——おかえりなさい。
　夜食の用意出来てますよ。
　……温め直します？」
「うーん……
　まだ温かいから構わないわ。
　ありがとう。
　待っててくれて。
　——響子さん料理上手になってない？
　……相当練習してるわよね？」
「ナンノコトデショウ？
　——それはそうと……
　どんな事があったのか、
　教えてくれますよね？
　もう全部終わったのなら——
　聞くくらいは許されると思いますし。」
宿直室に戻った魅月に、
神西先生——響子は、
気にする事なく笑顔で出迎える。
料理にはラップもしっかりかけてある辺り、
ソツが無いと思いつつ、
魅月は料理を口に運び終わると、
ゆっくりと今日の出来事を語った。
その話を聞いて、
一喜一憂する響子の姿をみながら、
そんなに心配する事でもないわ、
と微笑む魅月。
——死なない体に、
人ならざる力。
既に人の外なるこの身でも——
心配し、
恐れは多少はあるのだけど、
普通に相手してくれる存在がここにいる。
そんな彼女との会話をかみしめながら魅月は思う。
(ああ、やっぱり——)
本当にその会話は昔と変わらぬ様子で——
(本当に恐ろしく、
本当に強敵なのは人——
それも貴女のような、ね。
——私には眩しすぎるわ)
未だに魅月が彼女の友であれる事が、
本当に何よりも素晴らしいと——