呑み込んだ。
腔内や顎に特段感触があるという訳ではない。それは物理的に、例えば蛇が蛙を呑むようには行われていない。それは力と力の接触であり、侵蝕だ。エンブリオという力の塊と、私という世界の接触は常にこうある。
ただその世界に力の残滓、冬場の早朝の澄んだ空気のような張り詰めた静寂。そんなものが一瞬、通り過ぎただけだった。
こうして今しがた契約が為されたばかりの雪女は、この世界における私の振るう力の一部へと姿を変えた。哀れにも。

力がごうごうと胆の底で吹き荒んでいる。捧げられたネクターはそれほどまでに多かったか。
あの状態では量の多寡の加減ができていたかどうか。しかし味方に攻撃を当てていなかったところを見るに、かなり精緻な制御能力が保たれていたと見る。

視界の端を通り過ぎるドールを眺めて、レネはそう答える。実体があっても答える口があるとは限らないし、また別も然り。つまりパピヨンは、もしかしたらここに口を挟めるかもしれない。見えないどこからかから。
あるいはこの胆の中に眠る蛇群や雪女もまたそうなのかもしれない。その意志はどこかに残っているのかもしれない。それまでそのようなものは見たことがなかったけれど、分割世界、あるいはそうでない数多の世界たち。その中に一つや二つそのようなものがある可能性はどれほどあるだろうか。

それを見つけた時、
果たして私は、生き延びていられるだろうか？

無造作に呼ぶ声。
見れば指した指先を流れる水壁が、一瞬裂けた。

言葉を失うなど何時ぶりだろうか。
水流、気流、二つの流れで出来たその現象は私の眼に——あらゆるものの「流れ」を捉える眼に、とてもよく映った。しかしそれは、解せるように映ることと同義ではない。
もう一つそこには有り得ない流れがあったのだ。彼の扱えるはずもないものが。

二つ三つと同じように、360度を囲む水が裂ける。行う本人は全くこともなげに。

荒れ狂っていたはずの胆の底が静まり返っていた。底冷えのようなものが背を上る。
不可解と、しかしそれにある種説明がついてしまうことと、それが当たって欲しくないという願いと、しかしそれ以外には考えられないと冷淡に告げる自分が脳裏にいることと。そのどれを、私は恐れたのだろう。

様を見ろと、雪女の声が告げているような気がした。