光の届かない地下室。少女のしくしくとすすり泣く声だけが響く。

こんな風に理由も聞かされずに孤児院の地下に閉じ込められるのは、
彼女にとってはじめてのことではなかった。
生まれてきたときから大人たちからは腫れ物扱いで、
仲が良かった友達の多くが、自分と一緒に遊んでいる時に命を落とす。
いつからか周囲に人は減り、愛情を捧げてくれるのは院長だけになった。
その院長からも、ここに自分を連れてくる時には畏怖を抱いている。
埋めていた顔を少しだけ上げ、鉄のように冷たい石壁に触れる。

バチン。
耳の奥で電流が流れたような音が鳴り——

エンブリオの呼び声で白昼夢から引き戻される。
アルヴィンの指示により再度訪れた城内地下牢。
陰湿な空間によって嫌が応にも昔の記憶が引っ張りあげられる。

天使のデコピン。思ったより痛かった。

ぶつぶつ言いながら先行するジーンの背中をぼんやりと見つめる。

森林でモクから言われた言葉が、クリスの頭の中でずっと反響していた。
あれからすぐにアルヴィンにこの地下牢へと向かうよう言われ、
モクと話す機会は得られなかった。


簒奪者。略奪者。
それがどのような思想に基づくものであれ、
クリスの後ろのサニーとBKBは本質的には以前庭園でクリス達を襲った3人組と同じだ。

院長とアルヴィンの姿がクリスの中で重なる。

ジーンがクリスの小声に反応した。

ジーンの口ぶりは、何かを決意したような重みに溢れていた。

何を言っているのだろうか、この天使は。
モクもそうだけど、どうして私と知り合ったばかりの精霊たちが
私のことを知っているふうなのか。

混濁した思考のなかで、クリスは質問を無言という形で肯定した。

悲壮感を漂わせながら、ジーンがクリスの頭に手を載せ——






頭の中で、体の内で、何かが切り替わる音がする。
視界が暗転し、思わず何も見えなくなった目を塞いだ。

塞いだ目を開けてはならないような気がした。映るのは絶望だけのように思えた。
一瞬の抵抗ではあったが、彼女にとって永遠にも等しい時間だった。

敵の接近を知らせるサニーの声が聞こえる。
ひとたび薄目を開けたクリスは、その目を完全に見開かずにはいられなかった。



小さな蟲がものというものを覆うようにして這っているのかと思った。
おぞましいほどの数で世界を飲み込んでしまったのかと勘違いした。


しかし、蟲のように蠢くそれは文字列だった。
地面が、壁が、天井が、空気が、サニーが、BKBが、リリスが。
すべてが記号の集合体としてクリスの眼前に現れている。

少女の慟哭が地下牢に響き渡る。
大粒の涙が地にぶつかって弾け、0と1に還元された。

そう言いながらモクラは首を傾げる
どうやら『運命』と言う言葉を知らないようだ

しかしながらモクはまっすぐクリスを見て、言葉を紡いだ

そうモクラは言いながら笑った……様に見えた気がする

滔々と述べられるクリスによる「英雄」の定義をかなり驚いて聞いている。

スピラエラの静止も聞かずに、グレンダは口を開く。

思うことがあるらしく、少し悔しそうな顔で語る。

そう言い切ると黙ってしまった。しかし、鋭い貴女は気付いたかもしれない。
「自分のためでは無い」と言った時の彼女はどちらかと言うと、自分にそう言い聞かせているようだった。
彼女なりに自分の目的について迷いがあるのかもしれない。

そう言うとクリスを抱きしめ、頭をぐりぐりと撫で始める。
急な行動に思わず押し返そうとするが、流石に筋力・体格差はどうしようもない。
少し恥ずかしいが薙疾が、撫でるに任せつつ話を聞くことにする。

少し声のトーンを落とし、薙疾は続ける。

薙疾はそう言って、ようやくクリスを開放する。

チハヤはむしろ、言葉よりも肉体言語のほうが…と思ったが、口は挟まないでおく。

薙疾は、なんでもないことのように。
クリスには、とんでもないことを。
続ける。

やさしい笑顔の女性であったが、刀を構えると目の色が変わる