【拾弐：かくて彼らはありし場所に集い】

「私の──負けです」

白い虎は、倒れ伏したままそう言った。
挑まれた戦いは、あっけなく終わりを迎えた。

そもそもこの程度の妖怪や、敵性生物達に、この私が敗北する道理はないのだ。
水辺で蛇に囲まれた時は、確かに油断していた。

つまり、油断しなければどうという事は無い。

「私は、伊吹八葉。"伊吹の妖怪王"の力、見極められた？」

私を御姉様と呼んだ妖怪。
彼女は、こう名乗った。

『伊吹虎白』と。

伊吹の姓を。虎の妖怪が。いや、打倒した今なら、私の下に完全に下った今なら、彼女の妖怪性が伝わってくる。

この子は、わたしと同じ。『虎鬼』だ。
伊吹の虎鬼と言えば、私以外には──我が父、先代妖怪王、伊吹の虎。
だとすれば。あまり考えたくは無いのだが、

つまり、もしや……

「その先は、私が説明致しましょう、お嬢様」

白い虎にさらなる問いを投げかけようとした私には、龍ゑちゃんが応えた。

───

そもそも、龍ゑちゃんがわざわざ自分の化身をここに持ってきた理由。
伊吹の龍、我が叔父がその命を下した理由。

それが、彼女──伊吹虎白。
正確には、虎白・ブルーセフィール・ユキオンナ

隠された伊吹の鬼。
そもそも──正確に"伊吹"の一員とすら認められていない鬼。

それが彼女、虎白だという。

「親父殿にはまぁ、隠し子くらい居ても不思議じゃないけどさ。何で今になって…？」

色々と思うところはある。
例えば、実の娘であり、伊吹の現頭領である私に、何故知らされていなかったのか。

「それは、虎刃様が知らなかったからです。私の父、伊吹の龍によってこの事実は隠匿されていました」

龍ゑちゃんは続ける。
おそらく、彼女、虎白の母親であろう『ブルーセフィール・ユキオンナ』には、私も心当たりはあった。
父のかつての部下、パトリツィア・ブルーセフィール・ユキオンナ。雑種の雪女であり、母上殿のよき友人であり、父の側近でもあったという女妖怪。

「ブルーセフィールは虎刃様の子を身篭ったと気づいた時、その存在を隠し、一身上の都合という理由で伊吹一家から離脱しています。
彼女は、伊吹八咫──お嬢様のお母上と、友人でした。八葉様のことも、幼い時分を知っています。
あなたがたに、そして自らの主に、面倒事を持ち込むのを嫌ったのでしょう。」

龍ゑちゃんは続ける。

「ですが、勿論伊吹一家の参謀、伊吹の龍はすぐにその情報を掴みました。
そして、我が父もまたその子を。虎白の存在を隠す事にしたのです」

殺すという選択肢もあったようですが、と冷たく呟く。
その言葉を聞いて、虎白が一瞬、びくりと震えた。

「だいたいわかったよ。龍ゑちゃんがここに化身を送り込んできたのも、この子が理由。
　つまり、脱走してきた。追われる者ってわけだ…」

虎白は黙して語らない。
敗者は、勝者に行く末を委ねる。古い妖怪の掟であり、在り方だ。若いこの子には、あまり似つかわしくは無いが。
負けを認めたその瞬間に、彼女は"覚悟"しているのだろう。

「これで私の任務も終わりました。私はこの子を連れて一度、父の元に戻ります」

だとすれば、この子の処遇はどうなるだろうか。
隠される事を由とせず、この子は私の元まで来た。

「ちょっと待って。いっこだけ聞きたい。虎白ちゃん、どうして私の所へ？私を、試すような事をしたの？」

自然、思う疑問だ。

「……それは……納得、したかったからです」

白い虎は、語る。

「私が、伊吹の名を語れない理由。私が、隠された子でなければならない理由。
　私の姉。正当なる伊吹鬼。それが──私が表に出られない理由に、足る存在なのかどうか」

「納得は、できた？」

「はい。御姉様は、私よりも強かった。──強きに従うが、妖怪の道理」

「そう」

それを聞いて、私も納得した。
そして、龍ゑちゃんの方を向く。

「この子はまだ連れてかないで。しばらく、私とこの一揆に付き合ってもらうから」

「なッ……！？」

虎白が驚愕の声をあげる。
対して、龍ゑちゃんはあまり驚いてはいないようだった。
私がそう言い出すのを、何となく予見していたという感じだ。流石は従姉妹といった所か。

「では、父にはそう報告しておきましょう」

そう言い、身を引く。残されたのは、虎白だけだ。

「御姉様……？」
「よろしくね、虎白ちゃん」
「……いいのですか、私は」
「二度は言わない」

ぴしゃり、と言い放つ。

「……ありがとう、ございます」

か細い声だが、確かに。
彼女はそう言い了承した。

じっと八葉の髪の毛を見つめている。
ほんの僅かな動きだが、目で髪の毛の柄を追っているようだ。

八葉の質問に、文箭は頬をかいた。

地響きが相も変わらず続いている。

聞き分けはいいほうなのか、小声で付け足す部分までしっかり聞いた上で諦めた金狐であった。母親だとヒドいことになったことだろう！

深く考えずに同意している。天然な上に無知狐である。

よりじっくり、撫で回すように髪と耳をしゃわしゃわ。くてーんとしたヤっちゃんを膝枕して、尻尾布団して、ぽわぽわおひさまのような陽気を与える狐である。