「ヤレヤレ、良くもまァ次から次から出てくるよなァ……。」

　アイヴォリーが苦笑いとともに彼女にそう言った。言われた方の彼女はいつも通り、満面の笑顔で彼の数歩先を行く。とはいえ、実際に感謝しなければならないのは今回もアイヴォリーの方だ。
　メイリーが話を付けてきたのは、一日限りの共闘相手だった。しかもかなりの手練れらしい。彼らの集団の中から二人をアイヴォリーたちに貸し出す形で共に戦うことを受け入れてくれたのは、メイリーが普段闘技大会で同じパーティを組んでいる相手の仲間だった。彼らは魔法使いに適性の高いエンブリオを確保するために相談を持ちかけたメイリーの提案に乗り、小川に戻って共に戦ってくれるという。とりあえず二人は生き残っていればそれで良い、という彼らの豪快な申し出を受けてアイヴォリーたちも一度地下牢から小川に戻ってきたのだった。

「しッかし大丈夫なのかよ？」

「うん、大丈夫だと思うわよ。あの人たちなら。」

　最後まで立っていれば、というだけのことはある。わざわざ目立つように行動することで大量のエンブリオを引き寄せ戦うというのだ。それは当然目的のエンブリオと遭遇する確率を少しでも上げるためなのだが、集まってくるその敵を全て排除出来るだけの自信が彼らになければ出来ない提案だった。


「ほら、頼まれてた剣だ。」

　開口一番、打ち合わせした場所で出会った相手はそう言ってアイヴォリーに布で巻かれた長いものを投げて寄越した。それを受け取り、相手を一瞥してから包みを解く。その中にあったのは、まさしく一振りの剣だった。

「おゥ、アリガトよ。今日一日世話んなるぜ？」

　その獣人に手を挙げて簡単に挨拶をしてからアイヴォリーは剣の鞘を払った。重量のバランスを確かめようとでもいうのか、手首でそれをくるくると器用に回転させてからその刃を光にかざす。飾り気のない、どちらかといえば地味な、だが丁寧に仕上げられた剣だった。
　明らかに普段彼が得物としている短剣よりも長い。どちらかといえば騎士が腰に佩く類のものだ。だが、アイヴォリーはそれを簡単に確かめただけでまた鞘に戻した。革鎧の外側に設けられた固定用の金具に鞘を結びつける。さすがにこの長さではブーツに鞘を固定する訳にも行かない。革鎧にしては重厚な彼の鎧と相まって、アイヴォリーの出で立ちは即席の戦士といった様子に様変わりした。

「アイ、そんなに長くて大丈夫なの？」

「あ〜、まァどうにかナンだろ。」

　彼のその姿を見て聞いてきたメイリーに、アイヴォリーは簡単に頷き答えを返した。そもそもかつて、暗殺者だった頃には自分で武器を選べない状況の方が多かった。そのために彼らはどんな武器でもそつなく扱えるように叩き込まれていたのだ。無論それ自体の重量や大きさから、行動に多少の制限を受けることは想像に難くない。だが、数ある武器の中からアイヴォリーが短剣を普段の得物にしていたのは、どんな状況でも持ち込むのが比較的容易な刃物であったからだ。隠すにしても、長距離を持ち運ぶにしても、小さく軽いそれの方が選択肢が広がるから、というだけに過ぎない。あれから長い時間が過ぎ去ってはいるが、今でもその他の武器の扱いに劣るということはないはずだった。

「そういや、料理するんだろ。材料は持ってきたのか？」

　その剣の代わりに頼まれたのは、彼らの一日の食料だった。もっとも、彼らにも調理をする人間はいるのかも知れないが、一人の人間が一日に処理できる作業量は決まっている。アイヴォリーにしてみても、自らが作る料理を食べる人間は多い方が張り合いがあるというものだ。

「あんた、おいしいもの作れるんだろ？」

　獣人の後ろにいた二人の内、少年の方が持っていた大きな袋をアイヴォリーに差し出した。そのそっくりの風貌からして双子だろうか。アイヴォリーとメイリーを含め、今日の戦闘では最大人数の四人だと聞いていたことから、アイヴォリーはその二人が二人一組で戦うスタイル、アイヴォリーが呼ぶところの“ニコイチ”なのだろうと予想した。そういった手法を取る者も多くはないが皆無ではない。

「おゥ、ボウズ。まァウメェモン食わせてヤッから待ってな？」

　坊主、とアイヴォリーが呼んだ少年は、見た目こそ子供だが明らかに人間ではない異質の雰囲気を身にまとっている。そんな相手が見た目通りの年齢とは限らない、むしろ見た目通りである訳がないのだが、当然アイヴォリーもそれは理解した上で彼のことを坊主と呼んだ。アイヴォリーのいつもの調子だと言えばそれまでなのだが。
　アイヴォリーは受け取った袋の口を開き、中のものを簡単に見てそこから作ることが出来る料理を頭の中でいくつかリストに挙げる。トマトが大量にあるのでどうやってもこれが主軸になるのは仕方のないところだろう。

「そういや、そっちのアンタの料理にも調味が必要だったんだっけか？」

　料理が出来る者は、単に調理以外にも既に完成したものに手を加えることが出来る。それはアイヴォリーの場合、既に食べるのが若干厳しくなった食料にもう一度手を加えて美味しく食べるために身に付いたものだったが、それを応用することで、アイヴォリーに限らず調理が出来る者は料理の効果をさらに引き出すことが出来るのだった。

「ほゥ、チーズねェ……。」

　獣人に渡された皿を見てなぜか一人悦に入るアイヴォリー。うんうんと頷きながら皿をためすすがめつする。皿に具材とソースを乗せてチーズをかけて焼いたシンプルなものだ。

「うん、そうだな。」

「アイ……？」

　何かを一人で納得し、やたらと得心した様子で頷くアイヴォリーを見咎めてメイリーが不安そうに声をかけた。こういう時、大抵彼は何か良からぬことを企んでいるのだ。

「アイ、変なこと、しないわよね？」

「おゥ、ナンだ。オレの料理には定評があるのは知ってんだろ。食えるモンを食えねェモンにしちまうようなコトはなかったハズだぜ？」

　やたらに自信ありげな様子でそう嘯くアイヴォリーに、メイリーは気圧されて頷くしかない。だが、圧倒された彼女はさらにその先、もう一つの事実に思い至ることが出来なかった。こういうときにアイヴォリーは、大抵ろくでもないことを考えている、ということに。


　かくして、大量の食材がアイヴォリーの前に並べられた。かつて大量の仲間を抱えてその調理を請け負っていた頃から考えればそれでも大した量ではないのだが、このメルンテーゼにやってきてからのことを考えればかなりの量であることは間違いない。しかも、双子が予定外だったのか、彼の目の前には明らかに人数分以上の食材が並べられている。

「まァ、忙しい身ですしチャチャッとカタしますかねェ。」

　独り言を呟いて、調理用のナイフを鮮やかな手つきで扱いながら食材を切っていく。煮込み用として細かく刻まれたトマトと具として使う薄く切られたトマトにより分け、さらに庭園からくすねてきた香味野菜を刻んだものに混ぜる。小麦を練って小さく千切った種を蒸した粒をさらに軽く炒め、具材とともに煮るのだ。

「おッと、コッチも忘れねェようにしねェとな。」

　何か手元の資料を流し読み、その仕様を読み込む。二人の料理にさらに加える素材を調べているのだ。

「……上位陣サマの考えるコトは分からねェな……。」

　呟いたアイヴォリーは、皿に盛られたそのチーズ料理を鍋に空ける。そこにさらに、なぜか食材とともに置かれていた緑色の粘度の高い液体を投げ込んだ。

「うわー……。」

　謎の物体を投げ込まれたチーズ料理は、鍋の中で得も言われぬ色へと変色している。臭いも強烈なのか、鼻の辺りを煽いで鍋から背けながら、アイヴォリーはその元食料を掻き混ぜ始めた。

「ヤレヤレ、後始末がタイヘンそうだな、コリャ……。」

　うんざりした様子で呟きながら、先に取り分けておいたチーズを剥がしたものを、今度はトマトの鍋の方に投げ込み、練った小麦やその他の具材とともに煮込み始めた。こちらは酸味のある爽やかな匂いと香味野菜の匂いが相まって、食欲をそそる香りが立ち始めている。

「……オイ、コレ臭い移っちまわねェだろうな？」

　心配そうに呟いたアイヴォリーの独り言に答える者は誰もいない。


「よし、こんなモンでイイだろ。」

　獣人に頼まれていた、謎の液体を加えて食料かどうかも怪しくなった微妙な料理、双子に頼まれて作ったトマトとチーズの煮込み料理を容器に移し、ようやく人心地付いた様子でアイヴォリーは小さく息を吐いた。それに加え、さらに何かを作ったのか、小さな小箱が置かれている。それに蔓草を乾かして作った簡素な紐を器用にかけ、アイヴォリーは懐に小箱を仕舞い込んだ。
　立ち上がって空を仰ぎ、少しだけ目を細める。まだ空は寒々としていて春は遠そうだ。だが、もう少しすれば陽が緩み、桜が咲き始める。
　桜の咲く頃の、少し手前。二人で勝手に決めた小さな記念日。もうすぐ、今年もその季節がやってくる。
　アイヴォリーは目を細めたままで、ケープの内側に大切に収めた小箱をそっと押さえた。風は確かに、もう柔らかくなり始めている。