「アイ、見てみてー！
　雪だるまさんっ！」

　メイリーの嬉しそうな声とは対照的に、アイヴォリーはうんざりした表情で頷いた。彼らの目の前にはメイリーの言う通り、二つの雪だるま。身長ほどもある大きなものだ。二つの雪玉を縦に乗せ、枝で作った腕や炭やボタン、野菜などを埋め込んで描かれた顔、ご丁寧にも襟巻とバケツの帽子まで被っている。

「あァ、ヤレヤレ、仕方ねェ……ヤッか。」

　明らかにやる気のない声で、アイヴォリーは自分に言い聞かせるようにして溜め息をひとつ。いつものことではあるが、横にいる相方との気分の落差が激しいなどというものではない。
　もっとも、アイヴォリーのテンションの低さにも理由はある。明け方から降り始めた雪はあっという間に積もり始め、周囲は真っ白になってしまった。そういうとき、川の周囲で吹く冷たい風は普段にもまして身に染みる。そんな訳で、この堪え性のない元暗殺者はいつものように寒い寒いを連呼していたのだが、そこに止めを刺すべく現れたのがこれだった。見事なまでの冬の権化、雪の象徴であるそれは、しかも二体セットで現れた。ただの雪だるまであればともかく、それが動き回った上に喋るとあっては、見ていても暖かくなるのは精々心だけで遭遇した当人たちにすればそれどころではない。

「ナニもこんなタイミングで出てこなくっても……なァ？」

　誰に同意を求めているのか、非常に残念そうな口調で呟くアイヴォリー。この場合、というか常日頃から同意してくれそうな相手はメイリーしかいないのだが、今回に関してはその唯一の相手さえも大はしゃぎで誰一人彼の愚痴っぽい呟きを気に留める者がいない辺りが彼の不幸だった。そもそも、こんなタイミングも何も、今出てこなくていつ出てくるのか、という気がしなくもない。

「メイリー、アレ、サラマンダーとかで火炙りとかにデキねェかな？」

　しれっと狂暴な発言をする辺り、本当にうんざりしている彼の心境が垣間見えるようだった。しかも冗談っぽいのは口調だけで、目つきは真剣そのもの、むしろ座っていると言っても過言ではない。

「きっとたのしーぞー？
　ダラッダラ溶けちゃったりなんかして、こうぶわーっと……」

「今はボク、火の精霊とは契約してないの、アイも知ってるよね？」

　軽く病んでいる領域でのアイヴォリーの作戦は、そもそも選択肢に存在しなかったらしい。確かに属性効果の高いここ、メルンテーゼでは相手の弱点である属性を突く、というのは有効な手段であるのだが、そうそう有効な属性攻撃が準備されているというものでもない。それ以前に、今回の提案に関しては有利不利よりも単にアイヴォリーの個人的な感情が多分に含まれているようではあったのだが。

「アイっ、来るよ！」

　メイリーの掛け声を聞いて、アイヴォリーの目つきが鋭くなった。流れる小川よりも冷たく、降る雪よりも静かな、暗殺者の目に。す、と身体を沈めて雪だるまに向き直ったアイヴォリーは、その冷酷な目のままで敵を見据えて小さく、吐き捨てるように呟いた。

「そう、か。分かったぜ。」

　目を細め、小さく息を吸うと。

「こぉんのクッソ寒ィのは、テメェらのせいかァァッ！」

　弾かれたように地を蹴って走り出すアイヴォリーの動きで、この八つ当たり戦争が幕を開けたのだった。