さらさらと穏やかなせせらぎが聞こえてくる。
　水のにおいというのだろうか。この世界に来て、恐ろしく久しぶりにかいだ気がしたものだ。
　……何せ、前にいた場所では、水は限られた資源であり、奪い合い、略奪が発生することさえ珍しくなかったからだ。

　ふわふわと宙に浮く女性——新しく契約したエンブリオのディーネさんが、呆れた、というよりはいらいらした口調でこちらに話しかけてくる。

　俺は軽くそう返すと、前を歩くレイさんの背を見た。
　少し離れて前を行くレイさんは、同じように誰かと話している。
　彼と一緒に行くことになってから少し経っているけれど、自信に満ちた彼のその隣に並ぶのはなんとなく気が引けて、いつもオレは少し後ろを歩く。
　正直ディーネさんと一緒に歩くのもいろんな意味で（彼女は俺から見たらほとんど半裸だ）気が引けるのだが、このひとはオレのエンブリオだから仕方がない。

　彼女がそう言うが早いか、バチバチと音を立ててレイさんの周りに雷が散った。
　最近、レイさんが新しく契約したエンブリオで——確か、名前はエデンさんと言っただろうか。確かにディーネさんは水だし、エデンさんは雷をまとっているみたいだから、彼女が苦手にするのは無理もないだろう。オレは昔プレイしたゲームを思い出しながら、そんな風に考える。

　ディーネさんはほら見ろ、といった口調で俺を見たが、ジャギさんは果たして彼女に同意しているのかどうか。オレにはさっぱりだ。
　……でも確かに、もうちょっとぐらい勇気を出したっていいのかも知れない。

　オレはやれることがある、と思って、レイさんと一緒に一揆に参加したからだ。


　◆　◇　◆

　……声をかけられて、オレは反射的に謝った。最近謝るのが癖になっている。
　振り返ってみると、そこにはオレとあまり変わらない年の男の人が立っていた。……たぶん、年上だろうか？　人懐っこい笑みは自信に満ちていて、オレみたいにおどおどはしていない。

　ちょっと申し訳なさそうな顔をしている。確かに、いきなりビビッて謝られたらそうなるだろう。

　改めて見ると、その人の格好は元いた世界ではありふれたもの——いわゆる、学ラン、というやつだった。

　よく考えたら懐かしい服装だ。ひとつ前の世界では、学ランなんて着てる人、一人もいなかった。

　感心するような呆れるような口調で彼が言うので、オレは慌てて補足する。彼は目を瞬かせ、オレをじっと見た。

　前の世界のことを思い出す。暴力が世界する世界でオレは呆れるほど無力で、守られてばかりで失望したものだ。
　だが、俺の言葉に、彼は少し困ったような笑みを浮かべた。

　ジャギさんを振り返る。ジャギさんは喋ったりはしないがオレについてきてくれて、オレと一緒に戦ってくれるけれど、前の世界には戻る方法は分からないし、ジャギさんを連れて行けるかどうかは分からない。結局、あの世界ではオレは何もできないままだった。

　顔を上げて、意外なほどはっきりと言うことができたのは、たぶんジャギさんのおかげだろうし、ここで過ごした何日かの時間のおかげだろう。

　でも、彼のあっさりとした口調には叶わなかった。それから……

→次回へ

あなたが水辺で佇んでいると、ぱしゃぱしゃと水音が聞こえてくる。
振り返れば、気弱そうな青年があなたの様子を窺うように近づいてきていた。

どうやら、エリファスと名乗った青年は初対面の君に親しみを感じているらしい。
オドオドとしているものの、それとなく親近感を抱いているように、君には感じられた。

あなたの手をとって、半ば強引に握手をする。

レイの周りに唐突に二つの塊が浮かび上がる。
大きな犬ほどの大きさの燃えるトカゲと、眩い光と電撃を放つ肩に乗る大きさの人影だ。
これがレイのエンブリオらしい。