＜ひきこもり解消セミナー：突撃してみよう＞


僕の前には一つの掲示板がそびえ立っている。

その名の通り、

……僕は数瞬の間、沈黙して。

ペンを持って、掲示板の前に立った。






＜エンブリオたち　〜アンリエットとジョニー１〜＞


余談ではあるが。
エルの持つ魔術書、“大いなる神秘の鍵”はエンブリオとの契約を執行できる他、
契約したエンブリオを『収納』することができる。
収納先は一軒家を模した構造となっており、それぞれの個室、共用の居間、果てはキッチンまでもが完備されている。

更に余談ではあるが。この魔術書が行う契約にエルが必要とされる理由は、魔術書を扱えるという一点のみである。
つまりこの魔術書の扱い方を知った上で誰かが奪ってしまえば、誰かはエルが今まで行ってきた成果をそのまま乗っ取ることができる。
それはエンブリオでさえも例外ではなく。エンブリオがエンブリオと契約するという離れ業（間接的にではあるが）さえ成し遂げられるのだ。
魔術書を奪われない環境さえ整えれば、彼らにとっては快適な住処を手に入れることができるだろう。

……それを誰も実行しようとしない理由を、誰も語ろうとしない。
実行が不可能な訳ではない。“大いなる神秘の鍵”は契約を行えるだけの生命を持ち、更にはエンブリオの強化を行うことも可能だ。
エルを脅しつければ、臆病な彼のことだ。顔を真っ青にしながら、この魔術書の扱い方を詳細に教えてくれるだろう。

……それを誰も実行しようとしない理由を、誰も語ろうとしない。
エルはお世辞にでも優れた契約者とは言えないだろう。人間的な魅力があるとは口が裂けても言えない。
ならば、それぞれがそれぞれの思惑を持って、彼の元でエンブリオの役目を果たしているのだろうか。

そうして、今日も彼らは一つ屋根の下で奇妙な生活を送っている。

エンブリオの一体である、キラーウルフ。通称ジョニーが重々しく口を開く。

それに答えるのは、エルと最初に契約したドールのエンブリオ、アンリエットだ。
アンリエットはどこか含みを持たせた口調で、言葉を切る。

二人が四号室と名付けられた部屋に視線を向ける。

視線の先には、血走った目で二体をを睨み付けるキラーインコ。通称ヴィクトルの姿があった。
ヴィクトルは威嚇らしき鳴き声を上げながら、扉の隙間からひたすらに二体を睨み付けている。

二体は、そそくさと四号室を離れ、逃げ込むように居間へと向かう。……鳴き声は、二人が離れても聞こえていた。

そうして、二体はテーブルを挟んで向かいあう。

ジョニーは四足歩行の獣とは思えぬ器用な手つきで紅茶を入れ、アンリエットのカップに注いだ後、自分用のカップにも紅茶を注いでいく。

その言葉を聞いて、アンリエットはくすくすと笑う。
どこか愉快気な、しかしそれは決して相手を馬鹿にしたものではない、上品な笑い方だった。

ぽかぽかと頭を叩かれるチンピラさん

毎回一番に元気よく、弾丸のように飛び出して来る青年の姿が今日はない。

集合時間から数刻経った後、ようやく荷物を抱えて姿を現した。

けれどその表情はどこか陰鬱なもので、君達の姿を見つけると「おはよう」、と覇気のない笑顔を見せる。

当の本人も不調の原因を余りよくわかってないらしく、訝しげに首を捻る。

ファイはぺこり、とお辞儀をする。

何を伝えたいのか自分でもわからなくなってしまったファイは、
俯いて黙り込んでしまった。

聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、そう呟いた。