「……。コジロー。君はこんな弱い奴に興味があったのか……。失望したよ」
溢れた血と清らかな水の流れが不協和音を放つ夕暮れの水辺。
血溜まりに倒れたアンナを見下ろし、コジローを哀れむディボルス。
彼は二言三言追い打ちを掛けると、そのままアンナを助けることなく姿を消した。

そして——

「いい夢は見れたか？」
ディボルスは何故か道場に居た。いや、彼はその地に見覚えがあった。自分の世界。機械仕掛けの悪魔に相応しき歯車やゼンマイ、ありとあらゆる何の意味も為さぬ機械群に囲まれたあの世界。
それが、今はなぜか東郷流の道場に変わっている。板の間、掛け軸、そして壁には木刀。そして眼前には契約相手——東郷小次郎が涼しい顔で佇んでいた。

「多分俺に意識があった状態で、お前と俺が入れ替わった結果がこれなんだろうな。急に世界が切り替わった。恐らくはある種の精神世界。そうだろう？」
ディボルスは言葉を返さなかった。記憶を返したとはいえ、世界を盗られるとは思ってもみなかったらしい。コジローは気にせずに言葉を続けた。
「そして、だ。アンナは一度勝って俺を舐めていたのかもしれない。俺の記憶が確かなら、お前に使った武器は少し前にアイツが常用していた奴だ」
「ど、どういうことだ……」
「舐められたのさ。よって失望もクソもない。そもそもが意味のない戦いだった。と、いう訳でだ。でぃぼるす、聞くぞ。契約の期限は？」
コジローが一気に踏み込んだ。
「この世界で君にこっそり課したクエスト、『一揆の完遂』が終わるまでだよ」
ディボルスはあっさり白状した。少し心が折れているのかもしれない。コジローは更に言葉を紡いだ。
「……今後の契約の継続、そいつはお断りだ。だが、それまでの間、時々一時的に身体を貸す分には構わないぞ？　そういう取引はどうだ？」
「…………」
ディボルスは考え込んだ。そして、息を吐いた。
「君のエンブリオはどうするんだい？」
「話をつけるさ。奴等の主人は俺だしな」
「……。乗った。僕としてもこのままじゃ悪魔の沽券に関わる」
「了解した。ならば、これよりは共闘関係だ。よろしく頼む」
「ああ、よろしく。奇妙な友人」
コジローの姿をとった二人が手を握る。その瞬間、世界は再びディボルスのそれへと切り替わった。
(行くといい、コジロー。僕は君だけにこだわる訳じゃない。また会おう)
頭の中に静かに声が響き、コジローは現実に返った——

呆れ混じりにそうポツリと。

こういう飄々とした態度だから殺されずに、そばに置いてるのだろうか。
彼女の思考はさっぱり読めないが、その可能性はありそうな気もした。