『雲が現れた所で恵みが齎される訳でもあるまい』。

　短いと思われていた荒野の道程は、多少なりと続いていた。
　魔神の威厳を知らしめるが如く煤けた大地は広く遠く。
　内なる炎（たましい）が、強大な炎を感じ取って震えた。もうすぐのようだ。

　暫く攻城で会っていなかったヴァルは相変わらずといった調子だし、
　こんな戦いに未だ付き合うのも部外者であるのに酔狂だとレッドベリルは鼻で笑う。
　シアにも失礼だぞ、それは。
　
　ただレッドベリルすらも微かに怯えているように思えた。
　同じ炎に属する者でもぶつかり合えば、強大であるほど緩和されずに容易く取って食われてしまう。
　我々は嫌というほどよく知っている。今の私と彼とのように。
　
　どうもエンブリオの姿が次々と消えている、という騒ぎも起きているようだ。
　死んだということではないらしいが、ネクターも溜め込んでいることだしこれ以上の解約はあまりしない方が良いだろう。
　あとは魔神が気まぐれを起こさないのを祈るだけ。
　

　微笑みとともに手を差し出し、助け舟を出したようで居て実質逃げ道を塞ぐ。
　全てはあなたのためなのよ……という心の声が聞こえるような慈母の笑みである。

　ナスルの精神的逃走劇は問題を先送りしただけの結果になったようである。

　ふぅ、とバステトの毛皮に息を吹きかけ、毛皮を揺らそうと試みている。

　ナスルの笑みにコノエのみが目ざとく気がついた。
　僅かに目を細めて威嚇じみた表情を作り、アラトに気取られるより前に無表情に戻る。
　何やら心中複雑らしい。

　褒め合戦と再戦の約束を尻目に苦労の絶えない近衛騎士である。

　だから大丈夫ね、とそっと指先をナスルの顔から離す。
　アラトの表情もごく柔らかいものになっていた。

　こうしてコノエの仕事がまた増えたのであった。

声のトーンはいつものままだが、若干眉根を寄せながらそう言う。

　ゆっくりと刮目し、吹き荒れる火を纏ってナスルは身構える。