ネクターの咲き誇る地から一転、何もなくただ荒れ果てた荒野へと。
それはまるで、この世界の近い未来を暗示しているかのよう。
その風情のない光景とハルの素っ気ない返事とで、ラルクゥは溜息を吐く。

ほんの僅かな間だけだが、ラルクゥの表情が緩む。

その返事を聞き…ラルクゥが納得したように頷けば、二人の会話はそこで止まる。
そして…いつの間にかだいぶ奥地へと来ていたようで、戦火の色合いも濃くなってきている。
目的地も近そうだ。

不謹慎だとは思いながらも、心の中で小さく笑う。
若干、表情にも表れているかもしれないが。

　話の背景を、理解しきれていないだけかも知れないが。
　女を殺した賊——あえて賊と呼称するとしよう——賊は、何のためにそういうことをしたのか。
　主殿を容易に壊せる実力がありながら、女だけを殺して去っていった。主殿に"次"を期待しながら。
　女を殺害したかっただけではあるまい。主自身も目的に含まれていたはずだ。

　ならば、"次"に賊が主殿と対峙した時。賊は同じ出来事を再現しようとするのではないか？

　とはいえ、今は謎の賊より先に片付けなくてはならない件がある。
　女将軍の特徴を、ふんふんと頷きながら脳裏に刻んでいき、

　異能使いでもあるはずだ。過去を聴く限り、異能を打ち消すような力があるようだが。
　軽く髪をわしゃわしゃ掻き混ぜながら、ツヅミは溜息をつく。
　だが、その表情はどこか楽しげな雰囲気もあり、どこか悪戯を思いついた子供のようだった。

　目を丸くしている主殿に、戯けた口調で返す。
　それにしても、主殿にはまだまだ隠された秘密がたくさんあるようだ。
　彼女のことも知りたいものよ、と思いつつ、髪を撫でる指の心地にうっとりと目を閉じた。

　ハルの隣にいた彼、初めて出会った頃の主殿を思い出す。主殿は、当時も同じように似非紳士を気取っていた。
　案外と、執事のような仕事も似合っているのかも知れない。
　ミコトも、話を眺める限り君主の素養があるように感じる。
　これで邪魔者を全て潰していくような排他主義でなかったなら、面白き出会いであったろうに。

　重ねられた掌を持ち上げて、頬ずりする。
　表皮のざらつきを、愛おしそうに撫で上げて。

　妖と呼ばれる魔の片鱗が、眼光に覗く。
　撫でれば優しく、語れば情熱的で、夜は初心で子供のよう。
　されどその本質は凶刃の如く、あるいは昏き炎の如く。ツヅミが選んだ主は、そのような男だ。
　久々に覗かせた苛烈な心に、狐は恍惚とした表情を見せるのだった。

　薄紫の懐紙を開き、内より一本の白髪を取り出す。
　それを器用に葛の葉へ巻きつけて結び、声なく呪言を紡いで微細な妖力を刻んだ。

　ツヅミは幻術使いだ。御伽話に悪名を刻む化狐は、嘘で翻弄するを得意とする。
　葛の葉は呪いを受けとめ、人姿の幻像を浮かび上がらせた。姿は髪毛の残留思念、偽はひとつも無い。
　幻像に攻撃力は無い。女将軍が斬撃なり術式なりを飛ばすなら、捻って返すことで実力に見せかける程度。
　だが、目を隠した相手に火箸を押し付ければ火傷するが如く、幻は相手の盲信を力に変える。

　少年の虚像は狐に操られるまま、ある寂れた宿の一室へ滑り込んだ。
　周囲に複数の球体を浮かべながら、朽ちかけた窓枠へ居心地悪そうに腰掛け、どこか不満そうに声をあげる。

　切り出し方は、こんなところか。動揺は賢者の目をも曇らせる。
　さてさて。全てを訊き出す前にはバレようが、使える情報を喋って貰えると助かるのう？
　——姿を見せるかどうかは「トガノは殺した。お前の手先だったからね」と伝えた後の反応を見て決めるとしよう。

（軽く頭を抱え… だが、戦闘態勢は整えつつ）