■ある日のAngelica


　***


「あと一ヶ月で終わる」
　ようやくだと草臥れた声で呟くと、主は散らばる本を乱雑に掴み椅子に座り込む。

『お疲れ様です。早かったですね』
「馬鹿、本来は三ヶ月も縮められる物だったんだ。
　それをクロウの土産だの世話だの遊びにだの、負担軽減にしたって甘やかし過ぎてんだよアイツらは」

　この体では貴重な頭の三本の毛を握り締められ、ゴムボールのようにボインと上下に振られる。
　あぁ、今日の主は酷く不機嫌だ。

『ち、千切れます。リボンと一緒に千切れちゃいますから！』
　この鳥——なのか、良くわからない姿の魔法生物になってから大分経ったとは言え、
　こうして乱暴に扱われるのはまだ慣れない。というより慣れたくない。

「あと、そのマスターって言うのも今日で止めろ」
『はぁ……ようやく止ま——』
「お前もクロウの傍に居た方が最終的にこっちに来る面倒事が減りそうだからな」

「今日でお前、首」
　相変わらず意地の悪い笑顔でぽいっと離され、地面に転がる私。
　いつかこうなると知っていた。けれど余りにも突然で、その日がもう目前まで来ている事が信じられない。
　この酷く——時には不器用な優しさを見せる主との主従関係の終わりを聞かされ、言葉に詰まる。

『えっと……ヒロ、さん？』
「おう」
　ふてぶてしい。やっぱり酷い主だ。

『……私、お役に立てるでしょうか』
　きっと、皆この地を去ってしまう。それはつまり、ラーナさんと私の二人でクロウさんを守ると言う事だ。
　守りきれるだろうか。私に。今まで誰一人守れた事なんて無かったのに。

「役に立つとか立たないとじゃなく、立て」
「どうせもう死んでるようなモンだ。死ぬ気でやる事なんて慣れてんだろ？」
　皆が避ける話題も、この人だけはいつも直球でこうしてぶつけてくる。
　そうだ、本当は終わっていた命なんだから。未練なんて、ちょっぴりしかない。行けそうな気がしてきた。

「まー、その前にお前さ」
『はい』
「その姿止める所から始めろ」
　……だって、もし私だって気付かれたら。ううん、気付かれなくても、どっちにしても。
　とっても恥ずかしい。わかってはいるのだけど。
「……１０年」
『え？』
「お前がクロウに伝えられるまで１０年に、１万な」

謎の主張。

気にするのはそこらしい。
でも迷惑かけられてても多分責任は取らない。