その答えを、ルヴナンは教えてはくれませんでした。
恐らくきっと、明確な答えはないのでしょう。
ルヴナンのもたらす追憶のどこかにそれは紛れて、ただ、風に吹かれているのでしょう。
それだけ、私の中では自然に生じた、憧れでした。

少なくとも言えることは、ただ、私が『兵士』として戦っていた頃……、
即ち、荒野で武具を纏い、同じ『兵士』との殺し合いに明け暮れていた頃は、
そんな欲求も、感情もありませんでした。
ただ、日々生きる事が、相手に打ち勝ち、その斧を振るうことが、
それだけが私の全てで、思えば、今のように深く悩むようなこともありませんでした。
言ってしまえば、きっとそれは、動物と大差なかったのでしょう。

たまたま。

私が人間に似た容姿をしていたばっかりに、『人間』の生活を与えられました。

たまたま。

私が人間に近かったばっかりに、

私は『人間』と接し、

アナと接してしまったがばっかりに。

知ってしまった。

気付いてしまった。

思ってしまった。

私は人間じゃないということを。人間に近いがために、決して人間じゃないということを。

アナはベッドに腰掛け、私を優しい声で呼びます。
私は返事をして、その前に立ちました。夕焼けの赤い光が差し込んで、
わずかな所作も、赤い光に伸びる影法師に引き延ばされては大げさに映ります。

アナの身体に瑕疵は無く、何もかもが美しく思えました。
頭もなければ、笑みを見せても牙はなく、白い肌を醜い毛皮が乱すこともありませんでした。
そして自信がある。自らが美しいことを、人間であることを、誇りに思っている。

その感情は、不意に訪れました。あるいは、ずっと気付かないフリをしていたのかもしれません。
それを押さえ込まなければ、私は、より人間から遠ざかることを、証明するばかりなのですから。

窓から差し込む陽光が、何もかもを赤く染め上げて、彼女の金色の髪もまた、その赤色に透けていました。
赤色は、私の、毛皮に覆われた左手もぐっしょりと溶かして、同じ色に。

その光景の意味を、その手に残された温度を、私のしたことを、理解する前に。
私は、目を閉じ、夕日の底に沈み横たわる彼女のその姿が、
どうしようもないほどに、美しく思えました。

あまりに、人間は、儚くて。

もてあそばれる乳房に、わずかばかり照れながら言う。
フィリーの頭を撫でて、いいこいいこ、と悪戯混じりに。