走っていくと罠がある、ってくらいの骨は欲しいなァ。
ま、警戒は怠らず。後ろにも気を配って行こうぜ。
明日に着くのは、ひとつひとつの歩みたちだ……

——静かだな。

（ああ、指を切ってしまったのか……）

……理由が？僕に？

天使病というのはアルームにだけ発症した病です。
……ネクターによって保たれていた村の、ネクターが失われたための……、
だから、……それは、アルームの外の人には何もないのだと……

……僕もアルームの外から来た子どもでしたから。

……あなたと同じことを僕ずっと考えている。
なぜあの人達があんなふうになったのか。
なぜ、……アルームの人々だけなのかというのは。

ネクターがなければ、祈りが聖処女様に届かない。
聖処女様は、……神様じゃあないですし、
アルームだけじゃない、世界中のひとが信仰している。
……目が届かなくなってしまうのも、……わからなくは、ない、です。

神から自由になるなんて、……考えた事もなかったですけれど。
でも、どうして神から自由になる必要があるだろう。
僕が働くのは僕の大事な人や僕自身のためだし、
……まったく別の神さまのところへ行ったって、神は神でしょう。
僕神さまに働きかける力など持っていないし、そうしたら……
僕にはけっきょく祈ることしかできない。そして、祈りは何かに縛られることはない……、

……でも、あなたは祈らないんですね。
あなたは祈る代わりに何かを食べて、
……それで知ろうとすることが、あなたの自由……なのかな？

どっちにしたって、神さまって意地が悪いことをするんだなとは思いますよ。
あなたの神も、……僕の神も。
聖処女さまだって、そう思っていたかもしれない。

……「誰にもほんとうに美しいもの」は、ないのかもしれないけど。
僕美しいものを知っているし、他の人だってそれぞれに美しいものを知っている。
あなたは……あなたは、……贅沢なんじゃないかしら、単に……
前も言いましたけれど。

えっ、ペドロさんと知り合いなんですか。
以外と顔が広いんだ、あなた……いや、世間が狭いのかな、
……というか、僕のいないところでもそんなふうに言ってたんだ……

……オルガさん？

そういえば、……あなたはオルガさんや、もう一人……庭にいた、
あの女の人のことを、美しいとは……思わないんですか？

それはもう！
だって背も高いし、顔も整っているし、柔和な声をしているし。
あと私、手の大きな人って好きなの。こう、握った時に安心するじゃない？

…ありがとう。お願いするわ。

ええ、本当に。

そう…忘れてしまうのね…。
貴方の覚えていられる美というのは、どんなものなのかしら？
それこそ刻まれるくらい、焼け付くくらいのもので無いと駄目なのかしら…？

もし、私の目が一日も持たないのだとしたら…渡すのはそうね、夕暮れ前…日が沈む前に、かしら。

確かに昔の私は目に頼っている部分も多いし、今もそう。
でも、私がこの目でなければ…もっと違った人生だったんじゃないかって思うくらい
私はこの目に振り回されてもいるのよ。

こんな事を言うと湿っぽくなっちゃうけれど、私はこの目をあまり好ましい物とは思っていないの。
嫌い、では無いのだけれど。好きでは無いわ。その力に頼っているのにね、ふふ、変でしょう？

腐れ縁、みたいなものかしら？

それに、ちょっとわけがあって…一度無くしてもある過程を踏む事で元に戻っちゃうのよ。
以前、別の人の目が入っていたって言ったでしょう？今そうじゃ無いのは、そのせいなの。

そうだね、おとうさま……昔に比べれば……

そう、昔はどんな貌でどんな姿容だった……？
不思議だね、思い出せない。
思い出そうとすると、今のおとうさまとは全然違う姿な気がする。

おとうさまは、どうしても眼が欲しいの？
勿論、それを否定する気はないし、こうして話している時も
おとうさまと目を合わせて話したい気持ちはあるけれど。

おとうさまがもしずっともしこのままだったら。
わたしが居なくなってもわたしはずっと、綺麗なフィガロのままだから。

勿論ずっと綺麗なままで、いるつもりだけれど。
わたしは新王のもとでは生きていられない。おとうさまほど、長く待てないよ。

夜逃げかなにかでもするところだったのかね……
死体相手にゃいい武器になるが、
ここは身飾りとして使っとこう。

姫か？　貴族の娘か？
その姿は望んで得たか、それとも……奪われたのか？

やれやれ……随分と静かだったのに……
——けれど、ここにも花は咲いているね。

ただ好かないな、
……女は愚か者を飾り、護るための生き物ではない。
君が、わたしに額づき、その脚に触れることを願うのが筋だよ。

あんたたちと語らうことは難しい……
だから、私の懐に巣食うがいい。
束の間を共に過ごそう。

ここで枯れる花もある。
けれど——……まだ死ぬべきでない花も、ある。
わたしの指先の蝶が、鳥籠へと舞うように……。

また、長そうだな……。

……ここもインゴットか。
ずいぶん溜め込んだもんだぜ……。