「すみません、道案内までしてもらっちゃって……。」
「ううん、僕も行き先は同じだったから。気にしないで。」

先見の塔。
メルンテーゼを一望……とまではいかないが、
この辺りの地理なら大体は俯瞰できるであろう、高い塔だ。

その塔の入り口に、僕と彼女はいる。

「それにしても、立派な塔ですね……。
メルンテーゼの中で、何か歴史がある建物だったりするんですか？」
「どうだろう……。僕はメルンテーゼ出身じゃないからなぁ。」
「あれ？そうだったんですか。
……あ、もしかして、今噂の一揆衆っていうのですか？」
「まぁ……。そうだね。」

僕の当初の目的はともかく、現在一揆衆には相違ない。

彼女はここに来るまでの道中の森で偶然出会った。
なんでも、別世界からやってきたは良いものの、
道に迷ってしまったらしい。

そのため、一度目印になる塔に向かい、
そこから地理や位置を把握して、目的地だった街へ向かおうとしているのだとか。
その状態の彼女を僕が見つけて、塔まで連れてきて、今に至る。

「色々な世界から人が召喚されてるって聞きましたね。
っていうことは、鵺丸さんも召喚されて？」
「ん、うん。大体そんな感じ。」

本当のことを言うメリットがどこにもないので、適度にはぐらかしておく。

幸い、彼女は僕の経緯には大して興味はないらしく、
すぐに話を別の方向へ持って行った。

「うーん、大変ですね……。まあ、私も他人事ではないんですけど！
はやく仲間と合流しなくっちゃあ……。」
「仲間がいるんだ。その人と会うために？」
「そうなんですよ……。私より先に来てるはずなんですけど……。
どこ行っちゃったのかなぁ。」
「待ち合わせとかはしてなかったの？」
「するつもりだったんですけど……。連絡がつかなくなっちゃって……。」
「うわ、本当に？
今はメルンテーゼにもたくさん人がいるからなあ……。見つかると良いんだけど。」
「ぅう……ですよねえ……。」

明らかに消沈した様子の彼女。
大勢の分割世界からやってくる人々を受け入れるメルンテーゼは広大だ。
闇雲に探し回って、果たして尋ね人が見つかるかどうか。

「……ねえ、鵺丸さん」
「ん？どうしたの？」

伏せた顔から言葉が発される。
そして次の瞬間、上げた顔には笑みが浮かんでいた。

「そろそろやめましょう？茶番。」

うん、まあ、潮時だとは思っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「（お前もえっげつないことするよねー。顔に似合わずねー。）」

頭の中で、自分と同じ声がする。

「顔の話をすると、君も同じ顔になるけど？」

軽口は叩くものの、作業の手は止まらない。
目の前で倒れ伏す彼女の荷物を漁る。
傍から見たら、完全に強盗、不審者、犯罪者の類だろう。
迅速に作業を済ませなければならない。
僕自身の名誉のためにも。

「（男の価値は顔で決まるものじゃない！）」

最早、何の話をしているのだかわからなくなってきた。
無視を決め込むことにする。

簡潔に言うと、目の前で倒れている、
……というか、僕自身がつい先ほど昏倒させた彼女は、『僕』だった。

僕から……というより、正確には彼から、
あの世界への定期報告が途絶えて久しい。

不審に思った「あの世界」が改めて送り込んだ、僕と同様の存在。
彼女の探し人は、つまり、僕自身だ。

音信が途絶えた僕を運よく見つけたは良いものの、
まさか探し人がとうの昔に裏切っているとは夢にも思わなかったようだ。
不憫だなあとは思うが、同情はしない。

「（あ、それだそれ。ぶっ壊せ。一思いに。）」

手に取ったのは、釦ほどの小さな塊。
この小さな塊、いや、機械が、
あの世界と通信する機能を備えている。

乾いた地面の上に放り投げ、勢いをつけて踵で踏みつける。
バキ、とあっけない音がした。
念を入れて、ぐりぐりと踏みにじっておく。
なにやら小さな機械や配線が、あっという間に崩れ、土にまみれていくのが見えた。

「（オッケー。そんじゃ、行きますか。）」

正直な所、追手に対する措置としてはぬるいだろう。
ただ、僕らの目的はあくまでもあの世界からの追跡を振り切ることだ。
時間を稼ぐだけでいい。
時間がないのは、僕らではなくあの世界の方なのだから。

倒れる『僕』を背に、僕らは歩き出す。