〜川沿いの道〜

　仄暗い道へ歩を進める。
　道は岩場続きで、平原より足場が悪い。足を滑らせないように注意深く進む。エンブリオの黒妖は、その先をするすると進んでいく。木々の隙間から差し込む光が水面を照らし、飛沫が方々へ光を散らす。その様子は、さらさらと間断なく流れる川音のメロディを聞いた光がはしゃいでいるようにも見える。

　ここは『星屑の小川』と呼ばれる川のほとり。

　太陽の光はあまり届かないが、鈴蘭のような植物が仄かに光を放ち幻想的な空間を演出してくれている。どことなく浮世離れしている様子だが、巴はその風景にやや郷愁を感じていた。
（私の家の近くの山に少し似ている……）
　これほど煌びやかではないものの、小川の流れる柔らかい音と草木や土の匂い、涼しい空気を全身に浴びながら、故郷の山に思いを馳せる。
　しかし、警戒を解かぬよう、左手は常に鞘に当てて用心深く進む。
　時折こちらをうかがうように樹上からガサガサと音が聞こえるが、襲ってくる様子はない。たまにわざと背中を見せたり、休憩して小川で顔を洗って見せたりもしたが一切攻撃してこなかった。ということは、敵ではないか、敵だとしても大して強くはないかのどちらかだろう。
　無視して川の上流を目指して進むと、元々薄暗かった道が更に暗くなっていくのが分かった。一層注意深く進むと、開けた場所へ出た。
「……あった」
　小さく唸るように巴が声を漏らす。
　眼前に映るのは標的。今回の侵攻予定の城である。思ったより大きくない。見張りもいないことから兵力が大したことではないと伺える。これなら一人と一匹でも制圧できるだろう。
（正面突破も悪くないかな）
　不敵に笑い、刀を隠すように姿勢を低くして一歩一歩と踏みよる。
　いよいよ城門が間近に迫る。巴が囁く。
「どうだ？」
「……罠が仕掛けられている様子はないねえ」
　黒妖が応える。
「よし、行こう」
　さらに近づこうとしたその時、城の下を通る小川の上流から影が迫るのが視認できた。
「何か来るよ」
「お魚さん……にしてはちょっとデカすぎるかな」
「城の主だねえ。どうする、巴？」
　巴はにやり、と笑い刀を抜く。
「当然、ネクターを根こそぎいただく」
「ま、そうだよねえ。早いところ終わらせてよ」
「あいよ」
　その声に応えるかのように、小さな川に似つかわしくない巨大な魚が水面から顔を出す。龍のような背びれと髭を持った怪物がその全貌を露にした。
「やあ、お魚さん。出会って早々悪いけど、その城落とさせてもらうよ」
「この城を……？　……まぁ勝手だが、簡単ではないぞ。」
「……じゃ、遠慮なく」
　ふっと息を吐き、姿勢を正すと、巴は構えを取らずに龍魚へと歩み寄った……。

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　戦闘を終え、巴と黒妖は川のほとりで一息つく。
「大した相手じゃなかったな」
「まあねえ。僕の力も大分強くなってきた気がするよ」
「そうだな」
　巴はふう、と息を吐き、その場に腰掛ける。
「これからどうするの？　巴」
「砂地を目指す。それとその前に仲間を集ってみようと思う」
「へえ。それまたどうして？」
「一人じゃつまらん」
　黒妖は少しうなだれて。
「僕もいるのに……」
「良いだろ細かいことは。戻ったら募集をかけて、そしたらまた次の準備だ」
「うぅー……暑いのは苦手なんだけど」
「私だって好きじゃない。諦めろ」
「分かったよぉ……」
　落ち込む黒妖を横目に巴は立ち上がり、ぱんぱんと服を叩いて川下へと歩き始めた。