■ 地蔵通り

「いやあ親分、矢っ張り神隠しってえのはおっかねえもんですねえ」
と神妙な顔でマニー親分の元へ擦り寄ってきたのは毎度お馴染み乾分のハチベ。
「なんでえ、今日はやけに真面目くさってやがるな」と親分は怪しむ。

「いえね、またこの辺りでも一揆隊の連中が消えてしまうことがあるみてえで」
とハチベが語りだしたのはこんな噂だ。


一揆もだいぶ進んで多くの小隊がお城の中へ入ってきているが、
流石にだだっ広い建物で、中はいくつもの部屋や廊下で入り組んでいる。
そんな先の見えない道を出鱈目に突き進むと、何やら不気味な隠し通路に出るらしい。

そこは長い長いひんやりとした廊下で、薄暗くて先は見えないが、
両側の壁にある小さな灯りでぼんやりと照らされているものがある。
それは廊下の先まで夥しく並ぶ、気味の悪い地蔵たちだった。

その廊下に迷い込んだ一揆の者は、何故か逃げずに先に進んでしまうという。
それはまるで黄泉へと続く道のようで、奥まで行ったら最後、二度と外には出られない…、


「莫迦莫迦しい、じゃあその話しは誰がしてるんでえ」と親分は遮る。
「まあまあ、そこらへんは噂ですから割り引いて考えましょうよ」とハチベ。
「八百屋じゃあるめえし、そうそう割り引きなんてできねえぜ」と親分は混ぜ返す。
どうやらこの作り物めいた噂に、親分はあんまり興味を持ってねえみたいだ。

「ところで親分、仲間がその地蔵の道に行っちまって戻らねえって娘っこがいるんですが」
と、ここまできてようやく、ハチベがおずおずと本題を口に出した。
「なるほど、おめえがいやに大人しいのはその娘に頼まれたからけえ」
「流石は親分、是非とも親分に神輿を上げてもらいてえと思って」
「わかりやすい奴だよ、まったく」と親分も仕方なくだがやる気を出したようだ。



「まあ、まずはその変な廊下を見つけねえとな」と親分は指笛を一吹き。
すると音も立てずに現れたのは新しく手下になった犬のえんぶりおのオチョウ。
優雅な姿だが、実は凄腕のくのいちっていう豪気なやつだ。
「お呼びでしょうか、親分」と静かに応える。
「ああ、ちぃっとその鼻を借りるぜ」

いなくなったてえ仲間の持ち物をいくつか持ってきたハチベ。
それを渡すとオチョウはしばらくその匂いを嗅いだのち、先に立って進み始めた。
犬だけあってオチョウの鼻は敏感で失せ物探しから毒や敵の察知まで何でもござれだ。

そうしてずんずんと寂れた廊下の奥へと進む一行。
オチョウは時々鼻を低く持っていって方向を確かめると、さらに奥へと進んでいく。
道はだんだんと薄暗くなって、何やらひんやりともしてきたようだ。
と、オチョウは何かを感じ取ったのか少し足早になる。
「この先のようです」と足を止めて振り返った先には、薄暗い廊下が続いていた。


「なるほど、こいつァちょっとしたもんだな」と親分は感心する。
確かにその廊下には、噂通りいくつもの石像が立ち並んでいた。
しかしそれは地蔵というよりはもっと人間のような、いやむしろ、人間そのもののようだ。
それぞれみんな違う人間の像で、表情は何か恐ろしいものを見たかのように歪んでいる。

「この石像から匂いがするようです」と一体の前に立ったオチョウ。
「てえことは、こいつがいなくなったお仲間けえ」とマニー親分は首を傾げる。
「つまり、こいつらは神隠しじゃなくて、みんな石にされちまったのか」
突拍子もねえ話しだが、どうやらそうとしか考えられないようだ。


「まあ敵の正体はわかった、相変わらず飛んでもねえ化け物屋敷だぜ」
と、親分は剛胆にもずんずんと薄暗い道を進んでいく。
流石の親分はこの石像をつくった化け物に心当たりがあるらしい。

「ハチ、この先に綺麗な娘が現れても、そいつの目は見るなよ」
親分はそう言って鞭を構えながら、廊下の奥にいる敵へと向かっていった。