目を覚ましたとき、私が一番最初に感じたのは匂いだった。
　居着いている家の木の匂いの中に、微かにそれは混じっている。
まだ眠っている他の仲間を起こさないようにそっとベッドを抜けだし、窓へ寄る。
　結露した水滴越しに空を眺めれば、どこまでも続くような−−それでいて目の前にあるような−−そんな無彩色の世界が広がっている。
　まだ夜も明けぬ時間帯というのもあってか、ガラス一枚隔てた世界は静寂で満たされており、生命の気配を全く感じられない。

　右腕が疼くのは、決まってこんな雨の日だ。
　気圧も関係しているのだろうが、それ以上に、あの日のことを思い起こしてしまう。
　全ての彩りを洗い流すような雨の中。
　失った色彩をかき集めようと、透いたままそこにあるかのように右腕は暴れ出す。
　彼らと行動を共にするようになってから、この痛みはより強くなったように思える。
　眠る仲間の姿を横目に見ながら、思えば誰かと長い間過ごすのはあの雨の日以来だ、ということに気付く。
　しばらくそうして微睡むような時を過ごしていると、一番長身の鱗まみれの彼がのっそりと身体を起こした。
　眠たげに細い目を擦りながら、ベッドからずるずると降りる。

　冗談混じりに挨拶を交わしながら、私の隣に腰掛ける。
　毛布に包まりながら体操座りをする姿は、人と言うより、びっしり苔の生えた巨大な岩石に近い。

　いつからだろうか、この鱗まみれの彼は何かが変わったように思える。
　物腰が柔らかくなったとでも言うのか、今まで触れることを恐れていた何かを受け入れた、そんな印象を受ける。
　以前はなにかにつけて叫び、怯え、惑っていたが、今は冷静に事実を見つめて行動に移しているようだ。

　彼の気遣いを受けながら、私は一人キッチンへ歩みを進める。
　自らの同様を悟られないように。