石造りの壁が道行くヘイアン達の足音を反射し、煌々と輝く松明が人気のない内部を慰みに照らしている。
　魔王パラダイスがいるという城。その中へと続く道の一つ——兵舎。
　普通なら、最も危険な場所である筈だ。しかし……

「……しかし本当、思い思いに進んでいる。城攻めとはとても思えないね」
「まあ、能天気に看板なんて出しているくらいだしな」

　思いは、少し後ろを歩くフィアも同じだったらしい。
　星屑の小川を進んで4日目の時、発見した案内を発見した時の驚きと呆れの混じった感情は今でも忘れがたい。

「どっちもどっちって感じ。こんなにユルいのが、この世界の気風なのかな」

　直截な評価を下した彼女も、この世界に来るまでは平穏な生活を送っていた筈だ。
　しかし、市井の人々だからといって、何も感じずにいられるわけではない。特に、フィアの世界は発展していた。発展があるということは、競争がある。そして……。
そういった争いは、あらゆる形で彼女も聞き及んでいただろう。その渦中に、今、少女は居る。それなのに、といった感慨を抱いてもなんら不思議ではない。

「あるいは、本当に『平和』な世界はこんなものなのかもしれん。いざ争うとなったところで、体裁すら整えられない」

　きっと——きっと、それはとても幸せなことなのだろう。
　口にしかけた呟きを打ち消して、話題を変える。彼女には、言っておかなくてはならないことがあった。

「フィア。……この前は、すまなかったな」
「……何の話？ よくわからないね」

　肩を竦めて首を傾げてみせる彼女の瞳からは、どういう意味が込められているのか窺い知れない。どちらでもいいと思った。

「練習試合のことだ。……お前達を率いる身で、我を忘れた。あの男が——あまりにも似ていたから」
「感情的なんだね、見た目と違って。びっくりした」
　少しおどけたように——強がりだろう——みせてから

「迷惑を被るのはごめんだよ。だからさ、背負い込むのも程々にしてね」

　歩くペースを速めた彼女が、追い抜き際、そう言い残していった。

「悪い。……そのうち、話す」

　その不器用な背中に、今度はッ詰み隠さない本心を告げて。
　彼女に合わせて、定めた拠点へと道を急いだ。

この後。
まさかあんなことが起こるとは、夢にも思わなかった。
——今でも憶い出すと、あまりの自分『弱さ』に反吐が出る。
俺が弱くなければ、そうは、ならかったのだから。

そう言って示す先には。

額を抑えながら、深いため息を溢してフィアに視線を送る。

私は周囲をきょろきょろと見渡す。
ただ赤と緑と黄色の歪んだ空間があるばかり。
私の周りには、だれもいない。

困惑する視線の先には、混乱の真っ只中たる少女が一人。

快活な、いや狂ったような笑みを浮かべる少女。
先日食べたにんじんの効果によるものなのだろうか——。

そう言う彼女の隣には、青年と女性、バイクの姿だけがあった。

太もものホルスターから、呪いのこもった短剣を抜き放ち。
それで軽く左腕に傷をつけると、少女は凶暴に微笑んだ。

件の少女の視線。その先にある、喋るにんじんを見て押し黙り。

さんざん叫んだ。