利用する者される者。
　人の思惑は、当人でなければ分からない。
　真意がどれほど、見え透いていたとしても。

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「——奴らは一線を超えた。それが我々の共通認識だろう。
　統率された狼であれば、それなりの値が付きはした。
　しかし誰にでも噛み付く狂犬となれば、殺処分の費用で大赤字だ。
　俺としても業腹ではあるが、不利益を見過ごすわけにはいかん」

　苛立った様子はなく、むしろ淡々と彼——ハロルド・フロックハートは言う。
　事の始まりは、アシリアイノ率いる山の民だ。
　彼らは暫定議会への協力を約束した貴族の邸宅を襲い、被害を出した。
　貴族自身をあえて生かしたのは、周囲を巻き込んでの心変わりを狙ったものか。
　いずれにせよ、それは暫定議会派にとって無視できない事件であった。

　その事件が明るみに出てすぐ、ハロルドは暫定議会の代表であるラッセル・ヨークを訪ねていた。
　本来、彼のフロックハート商会とは暗然と対立をしていた間柄である。
　暫定議会はあくまでも、可能な限りの多数の益となる戦後を目指している。
　しかしフロックハート商会が目指すのは、一揆を利用した一人勝ち。
　形振り構わずに競争相手を潰し、ただ自らが栄えればそれでよしとする。
　戦後の国家に理想など持ち込まず、都合のいい国なればいいという考えだ。
　これでは手を取り合うことなど、できる筈がなかった。

　だからこそ困惑していたラッセルだが、彼の話を聞いて合点が行く。
　ハロルドの語るところによれば、彼は山の民を私兵として雇っていた。
　だがアムルイ憎しで動く彼らは暴走し、貴族へ手を出してしまった。
　多少の暴走であれば、ハロルドも許容しただろう。
　しかし彼の商売は、貴族との後ろ暗い密約あってこそ成り立つものだ。
　取引相手に手を出されてしまった以上、アシリアイノを庇い立てする理由はない。

　とはいえ、ただ手を切るだけでは貴族社会に不信が残る。
　ハロルドは悪どい商売人ではあっても、悪人であってはならない。
　つまり彼は、積極的に責任を取る姿勢を示す必要に迫られていた。
　その手段として彼が選択したのは、暫定議会への参加だった。

「腹を割って言えば、あれを直接どうこうする戦力は持ち合わせていない。
　あれは戦時だからこそ雇えた、平時では過剰な武力だからな。
　そして現状、あれをどうにかすることができ、貴族社会との繋がりもあるのは、ここだけだ。
　俺としては損な選択ではあるが、これが最も有益な選択なのだろう」

「ふむ……つまりハロルド殿、今後は手を取り合えると思っていいのかね？」

　率直に問うラッセルへ、ハロルドは不承不承、頷いた。

「ああ、その通りだともラッセル殿。
　我々は別に、命を奪い合うような闘争を望んでいるわけでもない。
　ひとまずは連邦国家という舞台を整え、そこでまた競えばよかろう。
　商売というものは、どこにでも機会が転がっているものだ」

「であれば、こちらとしても断る理由はないな。
　フロックハート商会の暫定議会への参加、喜んで認めよう」

　こうして暫定議会は、さらなる力を得る。
　フロックハート商会の参加で得るのは、ただの財力ではない。
　彼らが後ろ盾とする貴族社会を、その勢力基盤に取り込めるということだ。
　まさに暫定議会は盤石のものと————

「——悪い人だね、あなた」

　ぽつりと。
　同席していたアムルイが、ハロルドをそう評した。

「……おかしな話だな、アムルイ嬢。
　我々の間には、連邦国家を作った後で競うという合意がある。
　それはその国家の枠組みにおいて許された、正当な競争だろう？」

「そうじゃなくってさ。部族を雇った時から、こうなるのを待ってたんだよね？」

「…………」

　問われてハロルドは無言。
　その沈黙を肯定と受け取り、アムルイは続けた。

「本当に狼を飼い慣らすんだったら、首輪だけじゃ足りない。鎖に繋がないと。
　それが分からないあなたじゃないし、そうしなかったのには理由がある。
　——フロックハート商会は、その在り方のせいで、そうしなければ暫定議会に参加できなかった」

　自己の利益を追求するのは、商人であれば当たり前のことだ。
　社会情勢を利用して一人勝ちを狙うのも、不思議な話ではない。
　時には競争相手の妨害をするのも、褒められた話ではないが、道理ではある。
　フロックハート商会の今までの行いは、その視点だけで見れば何もおかしくはなかった。

「きっと、あなたは分かっていた。
　一揆の後に、この国は違う形にならざるを得ないことを。
　それを商人が、利益のためだけに利用すれば、最終的には損になることも」

　新しい国から、利権を掠め取ることでもいい。
　あるいは自分に有利な法整備をさせることでもいい。
　最大の利益を求め、もしフロックハート商会が一人勝ちをすれば、それは国を歪めてしまう。
　歪んでしまったものは、また壊すまで元に戻らない。
　その事実は必ずや新たな戦火を招き、無視できぬ大損をもたらすだろう。

「だからあなたは部族を雇い、暴走するのを待った。
　責任を取るという名目があれば、暫定議会に参加する理由になるもんね。
　そういう理由もなく参加したいと言っても、きっと断られると分かっていたから」

「——そうだったとして。今更、俺の手を振り払えるか？」

「できないね」

「では、その話には何の価値もない」

「でも、意味はある」

　二人の視線が交錯する。
　互いに互いを、値踏みするかのように。
　そしてアムルイはこう言った。

「これであなたは、価値のないものを無視できなくなった」

「なるほど。そしてお前は、俺の価値を認めたわけだ」

　こうして二人は、手を取り合った。
　どちらも利用する者であり、どちらも利用される者。
　奇妙で歪な友好の形だった。

そういうと、不意の発言に非情に驚いたという顔で文はアムルイを見つめる

確かに、自分の世界でも、米相場を操るという手法はあったが、まさか、こっちでもやる人がいるとは・・・