ならば自らに剣を捧げよう。
　今日の私を、明日の私が越えて行けるように。

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　日の沈んだ城下町の街路を歩きながら、アムルイは考え続けていた。
　これまでの日々で、彼女は様々な人々と出会ってきた。
　騎士、商人、王族、農民、貴族、傭兵、平民————。
　彼らの思想は、その立場と切り離せるものではない。
　誰もが幸せになることを望んだ時、そこに起きる対立は避けられない。

（マーティナが言ったのは、そういうことでもあるんだよね。
　避けられないものを避けて、新しい道を示してみせろ、って）

　思い出すのはマーティナ・オーデュボンの言葉。
　騎士である彼女は、騎士という立場から問いかけてきた。
　アムルイが目指したものの果てに滅びる騎士を、騎士として救う道を考えろと。

（問題になるのは、結果がどうあれ民が力を得るってことだよね。
　騎士は民より上位で、それ故に民を守るという大義名分が成り立っていた。
　だけど民が王を倒してしまえば、そういう階級は崩壊して、騎士と民が平等になる）

　故に騎士はどうあっても、その在り方を変えねばならない。
　だが大義名分が失われてしまえば、それは最早、騎士ではない。
　区分としての階級も廃されるのなら、騎士を名乗ることさえ不可能だ。

　アムルイはモーリスに紹介された面々と会い、この問題を問うてもみた。
　彼らの——騎士に関わる者達の言葉は、様々なものだった。
　たとえば騎士階級が存続できないのだとしても、軍事や政治の有力者になればいいと説く者がいた。
　たとえば主従を逆転し、民に仕えて民を守る道もあると説く者がいた。
　たとえばそれが世の流れならば、流れに任せるのが一番だと説く者がいた。
　どれも一面の真実であり、一理あると納得することはできる。
　しかしアムルイは、そのどれも自分の答えではないと確信していた。

（私が問われ、望まれたものは、そういう誤魔化しじゃない。
　もっと別の——今までになかった、誰も見たことのない新しい道なんだ）

　避けられないものを、受け入れるだけでは駄目なのだ。
　そういったものに否と叫び、抗うことをこそマーティナは望んだ。
　できるならばそうしたいと、アムルイ自身も望んでいた。

　誰もが幸せであって欲しいと望むなら、もう切り捨てられない。
　現実の前にどうしようもなくて、切り捨ててしまったものもあったけれど。
　自分のためにも、誰かのためにも、勝手に誰かを諦めてはいけないのだ。
　この手が届かないのだとしても、それでも手を伸ばして、一緒に明日を目指すべきなのだ。

（……というか、私が目指すのってそれだよね。
　共和制はあくまでも手段で——それが目的ってわけじゃない）

　ふとアムルイは思い直す。
　自分は手段に、理想に囚われ過ぎてはいなかったか、と。
　少なくとも手段が間違っていたとは思わない。
　しかしその手段だけでは、諦めなければならないものがる。
　だとすれば、その手段は正しくないか、足りていないのだ。

（そう、そうだ。足りないのなら補えばいい。
　諦めるしかないのなら、諦めなくていい手段を考えればいい）

　きっかけを得て、思考が加速していく。
　共和制そのものは必要だ。
　王を廃した国、民が自らを決定していく象徴として、それは捨てられない。
　ならば補うべきは、共和制では諦めるしかないものを、受け入れられる国。
　たとえば王制による封建国家。
　共和制とは対立する概念であるそれが、補うために必要だと考える。
　この対立する二つの概念を、両立させる方法はないかと思考する。

（政治は議会制にして、形だけの王を置くのはどうだろう？
　これなら共和制と封建制の両立——には、ちょっとならないか）

　形だけの王でも、存在する以上は政治に関わることを避けられない。
　ましてや政治に関われないのであれば、王の下、貴族からも不満が出るに違いない。
　よって誰かに問うまでもなく、これは廃案だ。
　しかし方向性としては、これで間違っていないという手応えがある。

（これは両立させるっていうところに無理があるんだ。
　だから両立じゃなくて、少し違う形——共存はどうだろう？
　共和制と封建制。二つの国を、新しく作る）

　悪くない。悪くないが、元より対立する概念だ。
　どちらに傾くかは分からないが、国家としての対立も避けられない気がする。
　それでは国を二つに割るだけで、何も救えない。

（でもそれでいい。多少の対立は、理解していくために必要なことだもん。
　考えるべきは対立しても、それが決定的な対立にならないこと。
　だから——そうだ、二つに割るのが間違いなんだ。
　どうせ割るなら徹底的に。色んな思想と価値観を持った、たくさんの国を作ればいいんだ）

　目指すべきものの形が見えてくる。
　いつか諦めそうになった理想を、その手に掴んでいる実感がある。

（複数の国を作り、民はどの国に住むかを自ら選ぶ。
　そして国より大きな枠組で、その国々をひとつにまとめることができれば……）

　多少の対立はあっても、共存していくことができるだろう。
　そしてこれならば、何かを諦める必要もない。
　いつかとかつての後悔を、繰り返すこともないのだ。

「——でも、私だけじゃ無理か」

　声に出して、自分ではその実現に足りないものが多過ぎることを認める。
　どんな国や決め事があればいいのかも、自分一人では分からない。
　だから、

（まずは頭を下げに行こう。
　私にないものを持っている人に、力を借りに行こう）

　そう決めて、アムルイは力強く歩いて行く。
　誰も見たことのないものを、これから見に行くために。