『その、それで、よろしければ…。次、別行動のあと、戻ったら、お相手をお願いしたいです。』

蜘蛛の眷属の女の子…アムルちゃんの約束通り、私は稽古着で早朝の空き地に立っていた。
大きく息を吸うと夜に冷やされた空気が肺に取り込まれてゆく。

「…お待たせしました！」

声をかけられ私が向き直ると普段とは違う…稽古用の格好のアムルちゃんが太陽を背に立っていた。
手にはすでに木剣が握られていて、いつでも準備が出来ていることを告げている。

「よしっ、それじゃあ準備はいいかな…？」

一応、準備が出来ているかの確認をするとアムルちゃんは「はいっ！」と大きく返事をして私の正面で剣を中段に構える。

「……」
「……」

私も躰を半身、撚るようにして右手を柄にかけ腰を落とす。
アムルちゃんは私の動きを見逃さないように中段のまま構えを崩さない。お互いに睨み合ったまま一分ほど経った頃。

「…ッ！」

私から動いた。
恐らく依然のアムルちゃんなら目視できない疾さで懐へ切り込んでゆく…が。

「今だ…っ！」

瞬間、私の体はアムルちゃんの影に吸い付くようにくっつき動かなくなる。
恐らくエンブリオの力が干渉しているのだろう。

「なるほど…影にエンブリオを潜ませて私の動きを止めてその間に倒す作戦ですね？」
「はい、私は弱いですからこれくらい工夫しないと戦えません、それに…ルアさんならきっとまっすぐ突っ込んできてくれるって思ってました。」
「…あはは…読まれるなんて私もまだまだですね。」

そう、完全に動きを読まれていた。事実私は蜘蛛の巣にひっかかった蝶のようにまったく動けない。

「さあルアさん…おとなしく斬られてください。」

ああ、アムルちゃん強くなったなぁ…私ももっと強くならないとなぁ…誰にも負けないくらい、もっともっと強く。
一歩一歩、獲物を捕食せんと縦糸を蜘蛛が滑るように近づいてくる。蜘蛛は目の前まで来ると木刀を構え、振り下ろす。
私が負ける？こんな蜘蛛の仔に？そんなまさか、私は負けられない、負けるわけにはいかない！力を、もっと力を！



「………ぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁあぁあああああっっっっッッッ！！！！！！！」

ありったけの力を込めて木刀を振りぬき、目の前の蜘蛛の持っている木刀を弾き飛ばす。
そうだ、私は強い。強くなければならない。目の前の蜘蛛よりも。犬の義賊よりも。枯れそうなアルラウネよりも。誰よりも。
私は！私は…！


カラァンッ！


「っ！！」

木刀が落下する音で急激に思考が冷えてゆく。
目の前にはしりもちの体制で後退りするアムルちゃんと剣を突きつける私。

「あ…ご、ごめんなさい…大丈夫ですか？」

私は慌てて木刀を置いてアムルさんに手を差し伸べる。

「…はい、ちょっと、驚いただけです。」
「…その、ごめんなさい…手合わせなのにこんなんじゃだめですね。」
「いえ、これくらい攻城戦ではいつものことですから…お気になさらず。だけど…」





「さっきのルアさんは、とてもよくない眼をしていました。」




その日は日暮れまで稽古しましたが、アムルちゃんのその一言が私の頭から離れることはありませんでした。

仔犬が頭にクエスチョンマークを浮かべながら手を差し出す。
この仔犬、戦いについてはとんと無知らしい。

"人を傷付けてはいけない。今日敵に刻んだその傷は、明日には友人の傷になっているかもしれない。"
主人から与えられた戒律の一つを破り続け、自分の身を守る為に他者を害してきた仔犬。
本来この仔犬は詩人である主人の片割れ・・・
・・・・踊り子であり歌い手である。決して戦士ではない。

　　☆　　☆　　☆

クワと鎌が一体化したようないびつな巨大武器。
エシャロットはそれを軽々と持ち上げていた。
奇妙な形だが、何か神聖なオーラを放っているような感じがする。

色々と、間違っている気がする。

エシャロットのポケットの中からのっそりと妖精っぽいのがでてきた。