「やれやれ負けたな、気持ちのいいくらいに」
言葉通りの結果だった。敗北して倒れ伏すモックの首筋に、相手——ベアトリスは凶刃を振り上げた。
死んでいただろう。
死んでいたはずだ。
護ってくれたのはあの白兎のような、鼠のような形をとるエンブリオ。
消失したのだろう。記憶の細畝で、そのように思っていた。
悼むべきかどうか分からない。もう詫びることもできない。
話すことすらできないのは酷く悲しいことのように思えた。

目覚めた時、シプソフィラは奪われていなかった。
傍らに伏すのはベアトリス。理由は分からない。
虚ろな目をしたシエミがそれに付き従う。

嘗てと同じ左目の空座に腰掛けベロニカは考える。
最適化し、掌につかんだ内奥領域は殆ど奴の手に渡ってしまった。
こすっからいことだな、と思う。

肉体の組成は未だベロニカ用にチューンされたもののまま。リソースは全て戦闘に回すしかないだろう。モックにはこのまま頑張ってもらう。何しろ敵地のまっただ中なのだ。

新王。名前だけは聞くが一体何者なのか。それを考える余裕は今の自分たちには無い。


白兎に手向けの花と酒を挙られる日は来るのだろうか。


足音が聞こえる。しどけなき嬌声も。





















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「水滴にも似た有理数の群れは大鹿の君、贖いすら拒み」
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