セイレーンのエンブリオか。一応てなづけておくか。そう思い立ち、小太刀で軽く、人差し指に傷を入れる。ヒナはむっつりした顔をしていたが、セイレーンの顔を見ると変な顔をしていた。喜びとも困惑とも見える顔。エンブリオ契約が済むと、ヒナはさっさと、セイレーンの女性を連れてどこかに行ってしまった。多分仲間が出来て、嬉しいんだろう。その程度に考えていたが、暫くして、ヒステリックな叫び声が聞こえた。—どうしたっていうんだ？

セイレーンさんと契約を福ちゃんが結んだのよ。又、自分の身体に傷をつけて、よくな—。セイレーンの女の人のほうに目を向けるの。もしかしたら、アタイの島に住んでいた子かもしれないから。・・・カナリア？忌み嫌われた白子のセイレーン。小さくて仲間はずれだったアタイの唯一の島にいたときのお友達。懐かしい、けれど、あの子が島を抜け出すなんてことは考えられなかった。あの子は大人しい子だったから。アタイは、セイレーンの女の人を福ちゃんのいないところに連れ出したの。福ちゃんにははいってほしくない領域だったから。レイラさんのことと同じで。
「・・・久しぶり、元気だった？」
喉がからからに渇いている。もっとまともなことを喋れないのかと自分のまわらない頭がつくづくいやになる。相手のほうはぼんやりとした表情であたしを見つめ返していた。そして、しばらくして、少し、微笑んで
「始めまして、私、デイジーと申します。」
違う人？ううん、違う。じっくり、彼女を見て、わかったけれど、白子のセイレーンなんて珍しいはずだし、そもそも、この子が身につけている髪飾りは私がカナリアに上げたものに間違いない。
「か、カナリア。冗談やめてよ。アタイだよ、ヒナだよ！ちょっと羽の形が変わっちゃったけど—。」
「私はそんな名前なんかじゃない！」
ヒステリックな叫び声が響き、私は怯んだ。どうして？そんな私の顔を見て、デイジーと名乗るセイレーンは申し訳なさそうに、頭を下げた。
「ごめんなさい、私、ここに来るまでの記憶が無いんです。だから、今の名前もこの花飾りからつけたんです。ただ、カナリアと呼ばれると、頭がものすごく痛くなって・・・つい。」
訳がわからない。記憶喪失？どうして？ただ、このまま強固に彼女をカナリアと呼ぶのはやめたほうがよさそうだ。福ちゃんがげげんな顔をするし、なにより、彼女が記憶を失ったってことはカナリアのころの記憶を思い出したくないって証拠でもあるきがするから。
「そっか、デイジーちゃんか。ごめんね。知り合いと勘違いしてた。アタイはヒナ。よろしく！」
とり作った笑顔と声音でそうなんとかいった。福ちゃんがかな、デイジーの声を聞きつけたのか、よってきていた。だから、なんとか、始めましての人の態度を作らなくてはいけなかった。