聖女を「造る」だなんて馬鹿げた話だと思わないか？
私はそう思う。そんなものの何が「聖女」だってね。それは単なる効率的な魔術師であって、そこに神の奇跡なんてものは存在しない。

　しかし、奴らはそうは思わなかった。薄明教会。今はなきヴェレクーゼの落とし子共には、不幸なことにそれを実現するだけの力と執念があった。
　いやはや、怖いねェ。どん詰まりまで行き着いちまった宗教ってのは、信仰の対象なんかじゃない。今まで捧げてきた信仰を維持するための命綱になるんだな。『信じるためになら神をも恐れない』なんて、なかなか洒落のわかる奴らだ。

　私達は、そこで造られた、人造聖女。
　マルムベリィ＝イェールオースの「成れの果て」だ。


　奴らが目指した聖女というのは、つまるところ強大な魔力を持ち、人の心を読むことのできる異能の魔術師だ。読心の魔法なんて高等な魔術を使えるのは、魔族の中でも最上級の奴らか、神に連なるものくらいだった。人間の心は複雑にすぎるうえ、一つ一つがつくりの違う迷宮のようなものだ。それを「読む」となれば、個人個人に向けて魔術を組まなきゃならない。ざっと一年はかけて。

「心」が読めないのなら、「心」そのものをコピーしてしまえばいい……それが、人造聖女計画の要だった。人造聖女っつーのは、つまるところ「心」を持たない人間を作る計画だった。古き良き洗脳装置をひっくり返して繋ぎ直して、奴らが作り上げたのが、この忌々しい聖具、シプソフィラだ。

　シプソフィラは、装備者の感情の揺れ動きに反応し、その感情を吸い取るように作られている。余計な感情を学習してしまった聖女の記憶を消すこともできる。そうして、感情のない、しかし「人を救わなければならない」という使命を与えられた人間は……目の前の人間が抱えている苦悩を、我がことのように感じることが出来るはずだ、というのが、奴らの目論見だった。

　いくつかの失敗を経て、マルムベリィは数少ない成功例として、「聖女」認定された。記憶という記憶をシプソフィラに食われ、感情という感情をシプソフィラに捧げ。出来上がったのは、歪な聖女様、というわけだ。

　私達は、そうして生まれた。
　かつてマルムベリィ＝イェールオースであった我々は、シプソフィラに食われた記憶と感情の集合体、精神的廃棄物にすぎない私達は。


　シプソフィラは世界に満ちる魔力を吸って半永久的に起動する恐ろしい魔道具だったが……このメルンテーゼでは、魔力に何らかの異常があったためか、その機能を大きく減退させていた。私達が、「表」に出るチャンスだ……はっきり、そう思ったね。

　そして、今私達は、こうして表に出ることができたのだ。
ああ、世界、久方ぶりの世界！ 肌を撫でる風、僅かに薫る森の芳香！！ この世界はなんと美しいのだろう！！！