side:——？？？


「あはは！あはははははは！裂けたー！お腹裂けちゃったよ！あんなに血がどばどばーって！おっかしー！あはははははははははははは！」

ブツブツと何かを言っていた少年が突如、興奮し狂ったかのように笑い出す。
さすがに無視し続けるという意思が好奇心に負けを認め、私は書から顔を上げ、水晶を見やる。


そこには血溜まりに倒れた少女の姿。

思わず映し出された画に見入る。
彼が言ったように腹が裂けたのだろう。大量の血は誰の目から見ても致死量だ。傷を塞いで、輸血をしても間に合う確率は低い。
それにその間も周囲の者達は人狩りとの戦闘で彼女に近づけないでいる。

持って一分、といった見立て。

「なんだなんだー、死ぬの？こんなにあっさりと？もうちょっと頑張るかなーと思ったのにこれはこれでおもしろすぎるよ！運命って残酷だねー」

ケタケタと少年が笑い続ける。
私は黙ったままその後の経過を見届ける。


——戦闘はそう長くは続かなかった。


彼女達の敗北によって。

だとしても時間は経ちすぎた。顔を青くした少年と黒髪の少女が血まみれの少女に駆け寄り、何かを叫んでいる。声まではこちらまでは届かない。
抱きかかえられた少女の顔は白い。まるで人形のようだが、その口からは血が流れ、美しかったであろう銀の髪も自身の血で赤く濡れている。


そう彼女、雛神このみは————、


「あーあ、死んじゃった。魔女の加護でもあって、存外しぶといのかと思ったけどそうでもないんだね。単なる人と変わんないのか。これじゃ玩具にもなりゃしない」


あっさりと死亡した。


死因は……それを探る事に意味は無い。
それより他に考えるべき点がある。

少年にとってはつまらない結果だったのだろう。
私にとっては意外な結果ではあった。

それは魔女の介入がなかった事だ。

聞いている話では彼女は魔女と深い繫がりがあり、お気に入りであったはずだ。
アレがこんな結果を望むだろうか？いや、あり得ないだろう。
彼女はこのような事態が起こるなら、必ず何かしらの介入を計るはずだ。

では何故彼女は姿を現さない？

手が出せない状況だった？
それとも手を出さなかった？

彼女も全能ではない。無から有を作り上げる事は出来ないし、死んだものを蘇生させる事も不可能のはずだ。

何か意図があるのか？

大事なものを壊されてまで、確認したい何かが彼女の中にあった、という事だろうか。
そのためには犠牲なくしては得られないと判断したのか。

正直、私には解らない。
魔女を理解出来るとも思ってはいないが、今回のこの件は不可解な事が多い。

「さーてと、ゲームも終わっちゃったしどーしよっかな」

先ほどまでの興奮はもうなりを潜め、少年はいつもと変わらぬ様子だ。
彼はまた玩具を失った。ここに娯楽と呼べるものは少ない。


彼と目が合った。


その口元が三日月の形を取る。薄気味悪い笑みに、純粋に嫌悪感を覚える。

「お姉ちゃん、ボクと遊ぶ？」

「いいや、遠慮するよ。互いに血生臭いのは嫌だろう」

「ボクは別に構わないけどね？でも痛いのは嫌だなー」

ギラリと光る目は笑っていない。気分次第で彼はいつでも私に手を伸ばしてくるだろう。

そんな馬鹿馬鹿しい事に興じるつもりもない。

最悪の場合は面倒だが動くしかないだろう。


ギシッ————、と本棚が音を立てる。


「やっぱりやめとこっと。怪我するの嫌だもんね」

少年はくすくす笑いをしながら、手に持ったままの本を乱暴に振る。

「じゃあコンティニューしようかな。さすがにこれじゃ退屈しのぎにも、何の慰めにもならないしなによりつまらないしね」

少年が本を開くと、微かな血臭が鼻腔をくすぐる。
彼はそんな事を気にした様子もなく、パラパラとページを捲っていき————、

「ここで良いや」

そう言いながら彼はページを勢い良く破り取った。

バリッ、という音と共に術式が発動する。


--------------------------------------------------------------------
side:——このみ


「……ぃ、……み？」

何かが聞こえた気がした。
遠く、どこからか、誰のものかも判断が付かない。

「おい、このみ？」

「…………………………え？」

それは途端、明瞭になる。
声の主、兄さんが私の顔を覗き込んでいる。

心配そうな顔を二度、三度と瞬きをし見る。

「どうしたボーっとして。体調でも悪いのか？」

「ううん……そんな事、ないけど」

そう言って自分の体を思わず見下ろす。小さくなったままだが、どこにも異常は無い。
ただ、なんだろう、この感じ。
一瞬、意識が飛んでいたのか。変な空白がある気がする。でもそれは特に気にする事でもないのかもしれない。

「うん、やっぱりなんでもないよ。ちょっと気を抜いてたんだと思う」

「そっか。まあ、無理はしないようにな。次の行き先が決まってその準備するってさ」

「わかった、じゃあ荷物まとめないとね」

腰掛けていた岩から立ち上がり、周囲を見渡す。
そこには兄さんがいて、遠巻きにアーネがこちらを見ていて、同行者達が思い思いに過ごしている。

ふと空を見上げる。
青く澄み渡った空は見ていて気持ちが良いし、時折頬を撫でる風は心地良い。


此処の来てから見続けている、変わらぬ世界がそこにあるだけだった。

＞このみ殿

＞小熊

＞封真＆衛智

何か言いたそうだったが、言葉を飲み込み立ち去った。