【-標の蝶-メルンテーゼ・水辺】　※1641さんの日記とリンク的なアレ！※



——龍貴がはぐれた。

混戦の中、撤退しつつ敵をまく間に——どうやら一人、道を逸れてしまったらしい。
気が付かなかった己の迂闊を胸中度し難く思いながら、カツヱと二人龍貴を捜して水辺を進む。


「…少々待て」


暫く進んだ所で、歩みを止める。
…確実とは言えぬが、やらぬよりは——。
同じく歩みを止め、適当な岩に腰掛けたカツヱを横目で見た後、一時精神を集中させる。


“己を知る龍貴”、“己が知る龍貴”、“己と繋がった龍貴”へと意識を——


軽く差し出した腕、その掌へ青い燐が集まりだす。
やがてそれは、小さな火の蝶となってゆっくりと翅をはためかせた。





「…“標”となれ。——往け」


その言葉と同時、燐光をまとわせた蝶は主の掌から飛び立った。
何度か確かめる様に辺りを小さく旋回した後、いずことなく空へと消える。

——こんな事ならば、龍貴に“印”を持たせておくべきだったかと悔やむ。
“標”が確かにこちらへ導く為には、普段から持ち歩いている物、
思い入れのある様な身近な物に術者の炎で“印”を付けるのが常だ。


（…上手く、互いをみつけてくれると良いが）


束の間、火蝶の飛んで行った方向を見遣っていた忍だったが、すぐにその踵を返し。


「すまぬ、終わった」


と、待たせていたカツヱに声をかける。
あ、ん。という気の無い返事を返し立ち上がった同行者と共に、再び水辺へと分け入った。


＊


「面倒くせぇな」


痕跡を探し、周囲の気配に五感を配している最中——そんな声が耳に届いた。
…偽らざる本音であろうその声音の主へ、呆れ半分で目線を送る。
言い出しそうではあると分かってはいたが、あえて言うな、という思いを込めて。
果たしてどこまで伝わったかは、定かではないが。


「茶々が憑いてたろ。連絡待ってもいいじゃねぇか」

「…戻ってくる保障もござらん」


それは、あてにするには幼児に使いを頼むよりも不確かだと思った。
下手をすると、事態がよりややこしく——


「あー！！　みなみなにしてますの！？」


口を開きかけた時、件の妖精の高い声が響いた。

何、とは。

と思いつつも、まずは龍貴の安否を尋ねようと再度口を開きかけたのだが。
何やら“でーと”がどうとか…頭から湯気を出す勢いで怒涛の如くまくしたて、まるで話にならない。
話の方向が明後日どころか一週間程先へ飛ぶのは、既にいつもの事と理解してはいるが。


「みなみしらないですの！？　ひとのこいじをじゃまするととりきっくですの！！」

「それを言うなら馬でござ……」


突っ込みは、間に合わなかった。

鮮やかな桃色が、気配もなく唐突に現れた…かと思った瞬間、背に衝撃を感じ——
体勢を崩して倒れこむ先に、こちらも鮮やかな青の髪。
その時咄嗟に出来たのは、その青い髪の下、頭の後ろに片手を差し入れる事。
そしてもう片方の手で、己の身を支える事くらいであった。

草と水とが掻き回される音。
そして、人二人分を受け止めた飛沫が勢いよく跳ね上がる。



「………」


一体何であろうかな、この状況は——。

間近に、女の顔があった。
何事を思うのか、その顔はただこちらを見上げてくる。
その瞳の色が、夕映えを映した湖面の様な色だと初めて気付く。
そして、こうして組み敷く形となった事で、改めてその体躯の小ささにも。


（…普段がああいった態のせいか。龍貴より小柄なのを、たまに失念するでござるな…）


己の身で潰さず済んだ事に、内心ほっとする。
仰向けに倒れ込んだが、差し入れた手と地面が草生えだったお陰で頭を強打する事も無かった様だ。


「…すまぬ」


一言詫び、すぐに片手で支えていたその身を退ける。


「んで、こいつらなんだ」


濡れた服を脱げ、さあ脱げやれ脱げ…　と騒ぐ破廉恥妖精の言葉を無視し、
未だぽたぽたと雫を滴らせたままのカツヱが、冷静な声音で己の式へ問いかける。


「あ、たつきのとこからもってきたですの」


既に視界に入ってきている群れは、四体。
“たつきの所から持ってきた”——とはつまり、あちらにも少なからず。
…悠長に構えている暇は無い。
どうするかと問われ、無論、と返す。先は言わずとも通じた様だった。
今度はそちらから、溜め息の様な呆れた気配を感じる。


（——お主には些か面倒臭く映るだろうが、こちらもこればかりは諦めて貰おう）


こういう生き方しか、出来ぬ。


忍はいつもの如く鬼火を纏わせながら、無言で得物を構える事でそう示した。

（数歩、無造作にも見える何気なさで前へ詰める。
そのまま振り返る事無く、背後へと声をかける）

ちょっと残念そうだ

（穏やかに笑う忍をしばし無言で見つめ、やがて一つ頷く）

（ポツリと、それだけこぼした）

（物珍しそうに札を覗き込む。
そして忍者の言うように、札に話しかけるその姿を想像し——）

（そろりと目をそらす。
その代わりのように、肩に乗っていた猫がずいっと忍者に顔を寄せた）

——知ってル、匂い

（頭に直接響く、どこかぎこちない少年の声。
その声とほぼ同時に、猫はひょいっと忍者の肩に飛び移った。
肉球と爪の感触はあるのに、重さがほとんど感じられない）

——知ってル匂い。デも、知ラない名前……貴殿は、誰？

——あぁ、デも、貴殿は我を知ラぬか。そうダな…我はあの方の影であったのだもの…

——無礼をシた。申シ訳なイ…

（スリ…と詫びる様に頬ずりして、猫は再び主の肩へと飛び乗る。
そのまま体を伝って下に降り、影の中に入っていった。）

（マフラーを取ると、勢いよく頭を下げる）