静まり返った石造りの屋内では、思った以上に音が響く。
慌てて声を潜め、城内を見回る兵士達に気付かれはしなかったかと周囲を窺う。


辺りに人の気配がないことに人心地つくと、壁際の目立たない場所へと、再び身を沈めた。


まだ朝も早く、夜の間に冷気を溜めこんだ石床の廊下は、被毛の上からでも寒さを感じさせる。
ふぅ…と付いた息が、白いもやとなって静寂の中に消えていく。


ここは、大廊下。噂の門番が待ち構えている場所は、この すぐ奥のようだ。




先日の 先見の塔への進攻を終えたあと、先生が唐突に 『 大廊下へ行ってもいいよ♪ 』 と言い出したのだ。
あれほど嫌がっていたのに何故？ と、突然の心変わりを問いただすと、
帰って来た答えは 『 レシュちゃんが、強い剣士さんを連れてきてくれるんだって！ 』 というものだった。



『 レシュちゃん 』 というのは、クレシュミエントという名の少女らしい。



私と先生は、進攻が一区切りつくたびに、一揆隊の本陣へと補給の為 戻ってきているのだが、
必要な物資の調達を終えたあとは、お互いに自由行動を取っている。

その少女と先生は、どうやらその時に知り合って親しくなり、最近ではたびたび一緒にお茶をしているとのこと。
先だっての 『 待ち合わせ 』 の相手は、その少女だったようだ。


先生は その茶会の折に、大廊下の門番のことを話題に出したそうだ。
するとその少女は、彼女の同行者である剣士を同伴させるので、協力して進軍しないか？と 提案してきたという。


先生が持ってきたその話は、私としても渡りに船だった。
二つ返事で承諾し、急いで準備を整えて……　今に至る。



話によると、先方とは 大廊下で合流するとの申し合わせらしいのだが……

大廊下は、幅が広いとはいえ屋内で、しかも一本道。
目的地が同じならば、先方とは道すがら出会っていてもおかしくはない。
いや むしろ、道中合流できるだろうと考えていたくらいだ。

しかし、ここに来るまで、それらしい小隊を見かけることはなかった。
ちゃんと合流できるのだろうかと、少しばかり心配になる。


それに…見ず知らずの人達と いきなり共闘するのは、いくぶんか不安もあった。

いくら相手と先生が知己の間柄とはいえ、こちらは初対面なのだ。
儀礼的な挨拶だけでなく、少しの間でも言葉を交わして、相手の人となりに触れておきたい…とは思っていた。　

転移 『 魔術 』 を行使できるということは、その少女は魔術師なのだろうか…？

そういうと、先生はどこからともなく袱紗を取り出し、包みを解いて銀の細身のバングルを見せる。
文字のようなものが細やかに掘り込まれたそれは、装飾品というよりも術具を思わせた。

おそらくそれが、レシュという少女の持ち物なのだろう。

先生は、どこからともなく金属片のようなものを取り出して、こちらに差し出す。
何気なく受け取ると、見た目よりも少し重みがあった。

表面には、竜を象った精巧な紋章が刻まれている。
手にしていると、何か不思議な感覚に囚われる…　まるで、力が流れ込んでくるような…

しかしそれは、ひとの手には余るような代物にも思え、慌てて先生に返す。

受け取った金属片を、懐にしまうのとほぼ同時。
何かを察知したように 先生の片耳がぴくりと動き、廊下の内側へと その角度を変える。

耳の動きに遅れること一瞬。嬉しそうに呟いて、先生は耳を向けた方向に顔も向ける。
つられて私も、同じ方向…廊下の中央を見やる。

ひたすら続く廊下の床に、これまた延々と敷かれている レッドカーペット。
その一角に、突如光の筋が現れ 円を描くように絨毯の上を走ってゆく…


その光の線は 見る間に魔法陣を紡ぎ出すと、金色の光を放ってひときわに輝く。
あまりのまばゆさに目を細め、思わず手をかざして光を遮る。

ほどなく輝きは弱まり、ゆっくりと目を開くと 魔法陣は煌めく光の粒を残して霧散していた。



陽が目に入った時のような ぼんやり痛みの残る視界に、2つの人影が浮かぶ…



一人は、灰色味が濃い金の髪を 膝下の辺りまで伸ばした、背の高い人物。
赤紫の色目の服に小豆色のブーツ、そして金属製の籠手と 大きな宝石が嵌め込まれた長剣を携えている。

もう片方は、小柄な女性。いや、女性というよりも少女といった方が正しいだろうか？
明るめの金髪は一房を除いて肩口で整えられており、丈の長い アカデミックドレスのような服を身に纏っている。
青と灰を基調とした服の色に、黒のグローブとブーツ。
飾り気の乏しいその装いは、落ち着いた雰囲気を通り越して、むしろ堅苦しい印象すら抱かせるものだった。


ふと見ると、先生は、小柄な少女の方に向かって 手を振っている。
おそらく、あちらが 『 レシュちゃん 』 なのだろう。


もう片方の人物に目を戻す。

一見 その長身から男性かとも思ったが、衣装や所作を見るに、どうやら女性のようだ。
『 強い剣士 』という言葉から、屈強で無骨な人物を想像していたので、これは少々意外だった。
しかし、その凛とした佇まいからは、猛々しい男の戦士にも劣らない気配が伝わってくる。

組む相手が女性と判って、いくらか緊張が和らいだ。
女性同士であれば、少しは話しやすいかもしれない。

安堵しつつ、声を掛けようと相手の方に踏み出した。



が。

なにやら、様子がおかしい。
剣士の女性が、ひどく不機嫌そうだ。

魔法陣が消えるなり 少女の襟首を掴み上げ、
噛み付かんばかりの勢いで 何事かをまくし立てながら こちらを指差している。


鋭く刺さる 深い色合いの赤と緑。
その 切れ長の瞳の 睨むような視線と、怒気を含んだ口調は、
敵意こそ感じられないものの、苛立ちに満ちているのは明らかだった。

いつになく 歯切れの悪い返事。煮え切らない答えに、つい 不満のつぶやきが漏れる。
先生も、この状況には戸惑っているようだ。　一体、どういうこと…？

先程よりも激しさを増した剣士の声に、咄嗟に振り向く。

激昂とも思えるほどの勢いに　自分に向けられた怒りでもないのに、
思わず びくりと反射的に身を竦めてしまう。

一方、怒鳴りつけられている少女の方は、全く動じる様子もなく、
かといって剣士をなだめ諌めることもなく、淡々と言葉を発しているようだ。


その あまりに対照的な様子に、理解が付いていかず立ち尽くす…
正直、何が起こっているのか全く分からない。

先生は、唖然とも、困惑ともつかない、すごく微妙な表情…いわゆる苦笑いを浮かべて、
言い合いを続ける2人のやりとりを 半ば諦めたような様子で眺めている。

これは…このまま先生と眺めていても 埒があきそうにない。

とにかく、あの剣士を憤慨させてしまうような何かがあったのは間違いなさそうだ。
立腹している剣士の怒りを収めない事には、共闘どころではない。


意を決して、いまだ口論の最中の2人組の方に、恐る恐る近づく…　

と、淡い光を放つものが、行く手を遮るように目の前に現れた。

それは、妖精ほどの大きさの少年の姿をしており、押し留めるように こちらに掌を向ける。

驚くよりも先に、謝罪の言葉が口を衝いた。

この少年も、あの剣士の同行者のようだ。
それならば まずは、非礼を詫びておかねば…

少年は、こちらには気を留めず、先生の方に声をかける。
どうやら、彼も事態を飲み込めずにいるようで、この場所に呼ばれた理由を知りたがっているようだ。


先生の表情が、いくらか心緩んだものに変わる。　彼とは、話が通じると思ったようだ。
少年に促されるまま、事の次第の説明を始めた。

先生の話を聞き終わると、アークと名乗ったその精霊は、
若干渋い面持ちとなり、やれやれといった調子で こめかみに小さな指をあてる。

そして、『 勝算はあるのか？ 』 と尋ねた。
いつもの調子に戻った先生は 『 もっちろん！』 と陽気に応える。

その返答に満足したのか、小さな精霊は ふむ。と 頷くと、剣士の方に戻っていった。






ほどなく、剣士がその視線をこちら側に向ける。
未だ憤懣収まらない様子には見受けられたが、いっときの怒りは 鳴りを潜めたように思えた。

どうやら、先ほどの精霊の少年が、剣士に先生の話を伝えたようだ。


いらだちの残る仕草で前髪をかき混ぜて、彼女がこちらへと近づいてくる…

事態が納まったことを感じ、胸を撫で下ろす。


悶着もあったが、なんとか 共闘の段取りは纏まりそうだ。
これにて一件落着…







ではなかった。







そう。これからが本番だった！


彼女らと連携を取り、この先に立ち塞がるゴーレムを退けなければならないのだ。

気付いて おもわず、溜息が漏れる。
門番に挑む前だというのにこの波乱。もう くたくただ。



こんなに騒がしい共闘戦線になるなんて…　　　　　どうしてこうなった？！










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（２人から対峙する少女と門番の情報を聞きつつ）

（皆の言葉に耳を傾けて。にっと今度は心底楽しそうな笑みを口元に刻んで、セレナさんとキツネさんに向き直る）

（言われた言葉に小さく首を傾げつつも、微かに照れた様子を見せる）

（努力家、の言葉には珍しく素直にこくりと頷く）

（博識、と返されてやはり少し気恥ずかしそうに。読み難いながら以前より表情は若干目に見えるようになった印象を受ける）

（キツネさんの表情変化に気付いた様子で、大きな左右色違いの瞳を瞬かせて）

　おかわりを求められて麦谷は破顔してぶどう酒を注ぐ

（綺麗な所作で腰に下げた鞘から長剣を抜き放ち、片手で構えを取る）