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多忙のためお休みしてしまったもの。
文箭なりの考察、漫画は、エルザ氏との行動について前半。


[自動書記文箭の記録より]

エルザはにやにや笑っている。まったく領主というよりもチェシャ猫だ！否、領主というものはチェシャ猫であるべきなのか。

己が休息を入れている間、アイリと野良は先へ行った。
急げば間に合うだろうが先日受けた火傷——焦げた左の手首は、まだ修復が追いついていない。思ったよりも、手ひどくやられていたようだ。
炭化する事は滅多にないが、それでも黒く変色している部分が多い。己の火傷は、人間とは違う。人間ならば、確か水ぶくれができたり、引きつれたようになるはず。

それにしても、こうした場合には、なぜか記録が飛び散る事が無いのである。それだけが救いだった。
もしも。もしもだ。己が死ぬ事があるならば——記録を抜き取られるのと、炎に身を投じて記録ごと消滅の、どちらが良いだろう。

「このような事で死を思うなど、愚かな事ですよ」

不意に、上から降って来た声が、己の耳朶を叩いた。
驚いて見上げると、不遜な顔をしたエルザがそこに居た。
薄く笑っているが——いつも通りに目だけは笑っていない。
まさか、己の考えている事を見抜いたというのか。気味の悪い女だ。

己は、ふん、と、そっぽを向いて修復を続けた。修復は、焦げた記録を一つ一つ拾い上げて書き、吸収する。その繰り返しだ。
いくら手ひどくやられたとはいえ、この程度で己の中にある記録を焼き尽くす事などできない。黒くはなっているが、実際に焼け焦げているのは、多くの記録の——そう、微々たる焼け跡が、集まって黒く見えているに過ぎない。

修復を続けて数十分で、大分マシな格好になった。これで少しは両腕を動かす事ができよう。

「うん、大分マシになりましたよ」

そう言って腕を差し出すと、エルザは軽く横目で腕を見て、やはり口の端を軽く上げただけだった。

「ならば、参りましょうか」
「アイリさんと野良さん、大分行ったでしょうねえ」
「そうですね。とはいえ道は一本ですから、じきに……」

突然、目眩がした。ぐっ、と、頭を抑えた。
エルザも同様の目眩を感じたらしい。己ほど顕著な反応を示してはいないが……。
その時、己らの前で、そう、確かに聞いたのだ。何かを引きずるような、ずるりという音を！

「今のは……」

己は戦慄した。これは、唯の廊下ではない！
エルザが眼前の廊下を睨む。先程と変わらぬ廊下に見える。

「……空間が変わりましたね」

彼女は長斧を前へ掲げた。

「アイリさんやノーラさんの気配が消えましたよ」
「貴女は犬か何かですか」
「失礼な事を言いますね。私は小間使いではありませんよ？
とにかく、先へ行ってみましょうか。……後にも、戻れそうにありませんし」
「ええ、そうしましょう」

今は己の腕なんかよりも、長く続く廊下の先に行った2人の女性が気にかかる。空間が変わったという事は、2人はどうなってしまったのか。

何も変わらぬように見える、けれど異質な廊下を、エルザと二人歩き出す。
同じ景色を見続けてうんざりしてきた頃、目先に大きな影と小さな影が見えた。もっとも、己は目が悪いのでぼんやりとしか把握できない。けれど、それがアイリと野良でない事は明確であった。己以外の3人——女性達の身長は、ほとんど同じなのだ。

それに——その方向から、巨石を落とすような音が、響いてくる。

「あれは、敵ですね」

己よりも目が良いエルザは長斧を構え、床を蹴った。
それが何であるかを確認するよりも——速く。
彼女の目には、それらがハッキリと敵であると認められたのだ。

「さて、どちらさまでしょう」

そのような言葉が、風と共に聞こえた。
エルザが跳び、大きなそれに長斧を叩きつけられた途端、バキン！と大きな音が響いた。
己が追いついた時にはエルザは着地しており、白い大きな男を見上げていた。大きな男の肩には、布地にフリルの多い服をまとった少女が乗っていて、エルザと己を交互に睨んでいた。

「……文箭さん。やはり、この廊下は……」
「空間が、屹度歪んでいる」

そうでなければ、アイリと野良がこの者達を放っているわけがない。放って、先に行っているはずなどない。
嗚呼、彼女達はどうなったのか。大丈夫なのか。

「——まずは、僕らの心配ですね」

己は苦笑し、エルザと並ぶと右手を一閃した。
紙がエルザと己の前に舞う。その一つ一つに文字を刻み付ける。紙は空中を漂ったままになった。
先日編み出した、結界の術である。効果の時間は長くはないが、無いよりはマシであろう。

少女が男の肩から飛び降りた。亜麻色の髪がサラリとなびいた。
意志の強い目が、キッとこちらを睨む。


さて、ここからどう出るか。このようなヘンテコな場所である、どうせ十中八九戦闘だ。


（以下、明日への日記へまわす）

修復を終えた手首を見せる。何事も無かったかのように、傷跡一つ見当たらない。